【先行公開】2018.8.8プリズム・バロック解説文

バロック音楽は1600年頃のイタリアでのオペラの創作とともに始まりました。16世紀末からフィレンツェで古代ギリシャの音楽劇を蘇らせるための試みがなされており、それが音楽の様式に大きな変革をもたらしたのです。中世以降のヨーロッパでの「作曲」は複数の音の流れを組み合わせて作品を作ること(いわゆる「ポリフォニー」)でしたが、歌によって物語を伝える音楽劇のために単独のメロディーの歌を単純な伴奏が支える形で曲が作られるようになったのです(これは「モノディー」と名付けられました)。そしてそのメロディーは歌詞のもつ情感を音として聴かせるように作られ、伴奏は低音のラインに弾くべき和音を数字で記した通奏低音となりました。この新たな音楽は「新様式」や「第二作法」などと呼ばれ、以前からのポリフォニー「旧様式」「第一作法」と対置されましたが、17世紀以降もポリフォニーは捨て去られることはなく、音楽の多様性は増して行くことになりました。また歌詞の内容が音によって表わされるようになると、様々な音形が意味を待つものとして蓄積されていくことになりました。

17世紀初頭には楽器のための独奏曲も作られるようになります。器楽曲も歌曲と同様の様式で作られましたから、歌詞を持たない器楽曲も情感や情景などの意味を表し聴く人の情緒に訴えるものになりました。器楽曲には「ソナタ Sonata 」あるいは「カンツォーナ Canzona」などという題名がつけられました。「ソナタ」という言葉は当初は特定の形式に則って作られた曲のことではなく、イタリア語の「Sonare(=奏でる)」からきた、楽器で演奏するための作品という意味でしたし、「カンツォーナ」は文字通り楽器で演奏する「うた」ということです。


では、本日演奏する曲を、国別に時代順に見ていきましょう。まずはイタリアの初期バロックからです。


フォンターナ(1571?-1630?)は17世紀初頭のイタリアのヴァイオリン奏者で、死後に出版された一冊のソナタ集の楽譜だけによって知られています。1600年代前半のソナタは様々な部分が切れ目なくつなぎ合わされた単一楽章で作られています。フォンターナのソナタ第3番は前の時代のカンツォーナと同じく「長・短・短」の同音反復のメロディーによる疑似ポリフォニーで始まります。ルネサンス時代のカンツォーナは歌詞の内容に関わらずこのリズム形で始まるのがお約束でした。この後このソナタは舞曲のような3拍子の部分、ヴァイオリンの技巧を聴かせる早いパッセージ、オペラで主役が歌うアリアのようなメロディーと進み、それが順次逆転して最初と同じカンツォーナのメロディーで終わる、というアーチ型の構成になっています。


初期バロックのイタリアでは、ルネサンス時代の有名歌曲を楽器で演奏することも広くおこなわれました。ゼロから新たに器楽曲を作るよりも既にあるみんなが知っている名曲を使う方が簡単でしたし、聴いている人へのウケも良かったかもしれません。その際、元のメロディーラインに細かな装飾を施しながら演奏するのが常でした。現在英語で「ディミニューション Diminution」と呼ばれるリズムを細分化していくこの技法は、変奏曲に繋がっていくことになります。 

オランダのファン・アイク(1589?-1657)のリコーダー曲集「笛の楽園」(初版1644)には当時の流行歌や賛美歌などを元にした150曲ほどの変奏曲が所収されています。「ダフネ」はその当時流行した歌曲にディミニューションの手法によって作られた変奏曲が3つつけられていて、変装が進むにつれて細かいリズムの音形になっていきます。


ヴィヴァルディ(1678-1741)がまず本領を発揮したのは様々な楽器のためのコンチェルトでした。それは彼がヴェネツィアの養育院ピエタで仕事をしていたためで、ピエタではそこで音楽の訓練を受けた女子たちが妙技を披露するコンチェルトがウリの演奏会が開かれていたのです。そのためにヴィヴァルディは様々な楽器のために作曲しました。RV92のコンチェルトは通奏低音無しのリコーダー、ヴァイオリン、ファゴットまたはチェロのためのいかにもヴィヴァルディらしい曲です。両端の急速楽章はスポーティーでリズミック、ふたつの高音楽器がそれぞれのキャラクターを生かした独奏部分で技巧を聴かせ、低音のチェロも縦横無尽に駆け回ります。間に挟まれるゆったりした第2楽章ではチェロが奏でる付点音符のリズムの上にヴァイオリンとリコーダーがのびやかに歌うように掛け合いを繰り広げます。


ジェミニアーニ(1687-1762)は北イタリアのルッカ出身のヴァイオリン奏者で、イギリスに渡って活動しました。当時ヨーロッパで最も有名で尊敬された偉大なヴァイオリニストにして作曲家であったローマのコレッリ Corelli に師事したジェミニアーニは、ロンドンで一躍脚光を浴びて様々な演奏活動を繰り広げただけではなく、自分が作曲した曲を出版し様々な教則本も著しました。それらは自分の楽器ヴァイオリンのためのものだけではなく、本日お聴きいただくチェロのためのソナタや、通奏低音の教則本、ギターのための教則本など多岐に渡っています。また、彼はアイルランドに渡ってその地の音楽の独特の美しさに感化されて、ケルト音楽の演奏のための教則本も残しています。

1746年に出版されたジェミニアーニのチェロソナタ集は、この時代には低音の伴奏楽器とみなされていたチェロのための独奏曲で、当時のチェロ奏法の限界まで駆使するように書かれています。幅広い音域を用いながらもメロディックな第1楽章、凝った主題によるフーガ風の第2楽章、短い橋渡しの第3楽章を経て技巧的で舞曲風の第4楽章で締めくくられます。

1749に出版された「音楽芸術の良い趣味での取り扱い A Treatise of Good Taste in the Art of Musick 」はケルト音楽の奏法の教則本で、スコットランド歌曲への装飾法やスコットランド歌曲を題材にした器楽曲が掲載されています。ジェミニアーニはケルト音楽をイタリアとフランスと並んで音楽の3大様式とまで言うほどに高く評価していました。スコットランド歌曲をもとにトリオ・ソナタに作られた曲が3曲収められており、その第1番はふたつの歌曲をもとにしたものです。


この時代の文化の最先端を走る国イタリアに対抗して、ルイ14世時代のフランスは自国ならではの音楽様式を作り上げました。17世紀後半に王宮の音楽組織のトップに立ったリュリ Lully によってフランス語の特性を生かすように作られていったフランス様式は、歌うような音楽というよりは語るような音楽、メロディー性よりも和音の変化を重視した音楽、奏者に自由な装飾を許すのではなく定型の細かい装飾の約束がある様式をもった音楽になりました。また、国王ルイ14世のダンス好きの影響もあって、多様な舞曲をつらねた「組曲」も愛好されました。

フランソワ・クープラン(1668-1733)はパリの音楽家一族クープラン家の中で最も有名な鍵盤楽器奏者で作曲家。1722年に出版された「王宮のコンセール」には4曲のコンセールが収められています。この曲集はクープランがルイ14世のために他の色々な楽器の国王の音楽家たちと演奏していた曲をまとめたもので、1724年には続編にあたる「新コンセール集」も出版されました。コンセールとは「合奏曲」のことですが、楽器指定はされておらず様々な規模でいろいろな楽器の組み合わせでで演奏することができます。コンセール第3番はプレリュードの後に定番の6つの舞曲が連なる大規模な組曲です。本日は楽章ごとに楽器編成を変えてお聴きいただきます。


18世紀のドイツは文化的後進国でしたが、それゆえに新たに自国の音楽様式を作るのではなく、イタリア風の音楽をベースにフランスの音楽のエッセンスを取り入れ混ぜ合わせていました。

テレマン(1681-1767)とバッハ(1685-1750)は同世代で同じ地域で活動し親交もありました。テレマンの方は超人気作曲家で国外でも高く評価されていました。聖職者の息子で大学では法律を学んだ一方、多種多様な楽器の演奏も作曲もほぼ独学で身につけたテレマンはある種の天才だったといえるでしょう。通常は彼のトリオ・ソナタは、ふたつの旋律楽器が主従関係なく対等に渡り合い、通奏低音も伴奏に徹するのではなく独自の立場を持って参加してくるように書かれています。ところがこのイ短調のトリオ・ソナタの第1楽章では珍しく旋律はリコーダーだけに任され、ヴァイオリンはオーケストラの第2ヴァイオリンのごとく独特な情感を持ったリズム形だけを奏して黒子に徹し、通奏低音は八分音符だけの純粋な伴奏役を担わされています。第2楽章ヴィヴァーチェは各パートが切り結び血湧き肉躍るポーランド風。初任地がポーランド領だったテレマンはこういうスラヴ風の音楽を得意にしていました。長調に転じた伸びやかな第3楽章では3つのパートが穏やかな流れのメロディーを投げかけあいます。最終第4楽章はリコーダーとヴァイオリンが同じメロディーを2小節ずれてカノンのように奏するメヌエットで、中間部は通奏低音が休止した二重奏になっています。テレマンはかっちりした構成のトリオ・ソナタも数多く作曲しましたが、この曲はなんと自由でおおらかな造りのなのでしょうか。


ヨハン・セバスチアン・バッハはテレマンとは異なり、同時代には熱心な信奉者がいた一方世間の評価は決して高くはない、どちらかというとマニアックで職人気質の音楽家でした。テレマンを聖トーマス教会の楽長として招聘しようとして断られたライプツィヒ市が「仕方なく」バッハを招聘したのは有名な逸話です。職業音楽家一族に生まれたJ.S.バッハは17世紀のドイツ音楽の伝統を遵守しつつ、最先端のイタリアやフランスの音楽の要素も取り入れる先進性もありました。彼はみずから浄書した6曲のオルガン・ソナタを長男ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハの教育用に使ったと言われています。2つの手鍵盤とひとつの足鍵盤のために書かれたこれらのソナタは、2つの旋律楽器と通奏低音のためのトリオ・ソナタあるいは2つの独奏楽器をもった二重協奏曲のような形で書かれており、既に18世紀から他の楽器の合奏用に様々な編曲がなされていました(モーツァルトによる編曲もっっl0あります)。BWV529は第5番のソナタで、元のハ長調からヘ長調に移調編曲したものをお聴きいただきます(F.Matter編曲Amadeus版)。曲の作りはバッハの他のコンチェルトと同様のものです。第1楽章はヴィヴァルディと同様のリトルネッロ形式で、テーマ部分からリコーダーとヴァイオリンはリズミックな掛け合いで始まりソロにあたる部分では流麗なラインを投げ掛け合います。第2楽章はヌメヌメとした質感のメロディーが淡々とした低音の上に絡み合う濃厚な時間。第3楽章はバッハお得意のフーガがコンチェルトに融合した形。

バロック音楽の時代はバッハの死をもって終わりとされます。その晩年「フーガの技法」によってポリフォニー音楽を集大成しようとし、「ロ短調ミサ」によって教会音楽に大きなまとめをつけようとしていたように見える J.S.バッハは、時代の最後を生きたバロック音楽の巨人と言っていいかもしれません。

 


小池耕平 KOIKE Kohei [Recorder]

福岡市生まれ。福岡県立修猷館高等学校卒業。九州大学文学部西洋史学科卒業。大学在学中から演奏活動を始める。桐朋学園大学音楽学部研究科(古楽器科リコーダー専攻)を1989年に修了。日本各地においてリコーダーのソリストとしてまたバロック室内楽アンサンブルで演奏会を行なっている。また小学校の訪問演奏活動も続けている。2007年ヴァイオリンのジーン・キムと韓国公演。2009年東京リコーダー音楽祭(読売新聞社主催)では 8人のリコーダー・ソリストの一人として選ばれ出演。2010年ロンドンのヘンデルハウス博物館でヘンデルのリコーダーソナタ全曲演奏。長らく東京を拠点にしていたが2016年秋より福岡在住。NHK文化センター福岡リコーダーアンサンブル講師。まなびすと春日リコーダーアンサンブル講師。福岡古楽協会リコーダーアンサンブル講師。富山古楽協会リコーダー講師。

 使用楽器

 ソプラノ・リコーダー

  van Eyckタイプ、平尾リコーダー工房、a=466Hz、楓、2011

  E. Tertonモデル、譜久島譲、a=415Hz、黄楊、1999

 アルト・リコーダー

  G管、Hotteterreモデル、li Virghia=415Hz、黄楊

  F管、Bressanモデル、木下邦人、a=415Hz、エボニーと象牙、1996

 ヴォイス・フルート(D管テナー)、J. C. Dennerモデル、譜久島譲、a=415Hz、楓、


竹嶋祐子 TAKESHIMA Yuko [Baroque Violin]

福岡県に生まれる。桐朋学園女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学音楽学部を卒業。ヴァイオリン・室内楽を久保田良作、天野晴司、山根美代子、数住岸子の各氏に師事。レンク国際アカデミーにてシャンドール・ヴェーグ氏に師事。「バッハ・コレギウム・ジャパン」のカンタータ全曲録音プロジェクトや国内外での公演を始め、「オーケストラ・リベラ・クラシカ」「レ・ボレアード」などのオーケストラや室内楽で活動し、各地の音楽祭や芸術祭にも参加している。「アンサンブル朋」メンバー。


山本庸子 YAMAMOTO Yoko [Cembalo]

福岡県出身。福岡女学院高等学校卒業。東京藝術大学音楽学部古楽科(チェンバロ)卒業及び同大学院修士課程修了。チェンバロを鈴木雅明・三橋桜子・辰巳美納子、オルガンを早島万紀子、フォルテピアノを小倉貴久子、アンサンブル及び通奏低音を小島芳子・鈴木秀美・若松夏美の各氏に師事。2010年よりフランスのストラスブール音楽院にて、チェンバロをアリーン=ジルベライシュ、室内楽をマルタン=ジェステール、通奏低音をフランシス=ジャコブの各氏に師事。2011年にオーストリアバロックアカデミーにて特賞を受賞、また「Turigi」のメンバーとしてブルージュ古楽音楽祭・ユトレヒト古楽音楽祭に出演。2013年に帰国後は福岡女学院メサイア、Ensemble14他多数の公演に参加、各地で活動を展開している。


山本徹 YAMAMOTO Toru [Baroque Cello]

東京藝術大学、同大学院古楽専攻及びチューリヒ芸術大学修了。チェロを土肥敬、河野文昭、北本秀樹、鈴木秀美、ルール=ディールティーンスの各氏に師事。東京藝術大学バッハカンタータクラブにて小林道夫氏の指導のもと研鑽を積む。「バッハ・コレギウム・ジャパン」「オーケストラ・リベラ・クラシカ」をはじめ主要な国内外のオリジナル楽器オーケストラのメンバーとして定期公演・録音・海外ツアーに多数参加している。2006年第20回国際古楽コンクール<山梨>第2位、2008年第16回ライプツィヒ国際バッハ・コンクール第2位。2011年ブルージュ国際古楽コンクール審査員賞、及びファン・ヴァッセナール国際コンクール優勝。



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by flauto_diritto | 2018-08-08 19:05 | Flauto diritto | Comments(0)
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