Francesco Barsanti (1690–1772)
F.バルサンティ Complete Sonatas for a treble Recorder and Basso continuo & Selection from " A Collection of OLD SCOTS TUNES " 1 : " Dumbarton's Drums " 「ダンバートンの太鼓」 2 : Sonata No. 1 in D minor リコーダーソナタ 第1番 ニ短調 Adagio - ( alla breve ) - Grave - Allegro assai 3 : " Johnnie Faa " 「ジョニー・ファー」 4 : Sonata No.2 C major リコーダーソナタ 第2番 ハ長調 Adagio - Allegro - Largo - Presto 5 : " Lochaber " 「ロッホアバー」 6 : Sonata No.3 in G minor リコーダーソナタ 第3番 ト短調 Adagio - Allegro - Largo - Gavotta - Minuet ~~~ 休憩 ~~~ 7 : Sonata No. 5 in F major リコーダーソナタ 第5番 ヘ長調 Adagio - ( Allegro ) - Siciliana, Largo - Minuet 8 : " Thro' the Wood, Laddie " 「森を抜けて、若者よ」 9 : Sonata No.4 in C minor リコーダーソナタ 第4番 ハ短調 Adagio - Con spirito - Siciliana, Largo - Gavotta, Allegro 10 : " Kat Oggie " 「キャサリン・オギー」 11 : Sonata No.6 in Bb major リコーダーソナタ 第6番 変ロ長調 Adagio - Non tanto Allegro - Sostenuto - Allegro リコーダー:小池耕平 チェンバロ:鴨川華子 ヴィオラ・ダ・ガンバ:中野哲也 使用楽器 アルトリコーダー:木下邦人製作 Th. Stanesby Sr.モデル 1985年 黄楊材 木下邦人製作 Bressan モデル 1996年 黒檀+象牙 ソプラノリコーダー:譜久島譲製作 E Terton モデル 1999年 黄楊材 テナーリコーダー:YAMAHA YRT61-415 2005年 サテンウッド+人工象牙 18世紀初頭のロンドンはその頃ヨーロッパ随一の音楽興行都市であった。イタリアオペラの上演も、ヨーロッパ大陸ではまだ一般的でなかった公開演奏会も多かった。また、楽器のレッスンを受ける音楽愛好家も多数、楽譜出版も盛んであった。その巨大な音楽市場に大陸の各国からたくさんの音楽家がやって来た。音楽家にとってロンドンは稼げる街だったのだ。17世紀にはフランス音楽への志向が強かったロンドンは18世紀に入るとすっかりイタリア趣味へと鞍替えしてしまい、あまたのイタリア人音楽家を呼び込むことになった。オペラ歌手がイタリア人でなければならないというばかりでなく、器楽の演奏会でも明らかにイタリア人とわかる名前の奏者でないと観客の入りが悪いほどであった。 1690年に北イタリアのルッカで生まれたバルサンティはパドヴァ大学を出た後に音楽の道に路線変更し、同郷のヴァイオリン奏者ジェミニアーニとともに、1714年にロンドンにやって来た。彼はロンドンのオペラ座でオーボエとフルート(リコーダーのこと)奏者として働いたと伝えられているが、その頃ロンドンに3つあったオペラ劇場のどこで働いていたのかはわかっていない(ヘンデルのイタリアオペラの第二オーボエだった可能性があるという指摘もある)。他に、1717年から35年の間はイタリアのボローニャの主席オーボエ奏者だったという記録もあったり、1735年に故郷ルッカでの祭典に参加したとの記録もあるが、不確実な情報である。ロンドンで1724年にリコーダーソナタ集、27年にはトラヴェルソソナタ集、28年にはジェミニアーニの作品1から編曲したものが出版されていることからも、ロンドン到来以後のイタリア帰還は考えにくい。ただ、各国を渡り歩いたオーボエ奏者ラ・リッシュや、イギリスとイタリアを何度も行き来したヴァイオリン奏者ヴェラチーニなどの例もあるので、もしかしたらバルサンティも旅する音楽家だったのかもしれない。彼のロンドンでの仕事はオペラのオーケストラだけではなく、当然のことながら、公開演奏会もリコーダーやトラヴェルソの個人レッスンもしていたことだろう。そしてそういった仕事がソナタ集の出版に繋がったと考えられる。ちなみに、当時の宣伝には、バルサンティのリコーダーソナタ集は有名な管楽器製作家ブレッサンのところで販売される、とある。 バルサンティのリコーダーのためのソロソナタ集は、それぞれに性格の異なる6つのソナタからできている。 第1番ニ短調は、八分音符で歩みを進める通奏低音の上に白玉の二分音符の旋律がのせられた第1楽章に二分の二拍子のフーガの第2楽章が続く典型的なイタリア風の教会ソナタ。第4楽章のジーグでは連続する八分音符につけられたスラーが逆向きなのが珍しい。 第2番ハ長調の第1楽章には細かく即興的なイタリア風装飾がつけられている。第3楽章はフランスのヴィオール音楽を思い起こさせるような書法。第4楽章は疾風怒濤様式のようにめまぐるしく気分が変わる。 第3番ト短調では第4楽章に古典派を先取りしたかのような変奏曲付きのガヴォット。そしてわびしく短いメヌエットで締めくくられるのがオシャレ。 第4番ハ短調(本日演奏の曲順は5番を先に4番をその後にいたします)の第1第2楽章は沈鬱さや重苦しさに支配されているが、後半の二つの楽章は軽い舞曲。 第5番ヘ長調はヘンデルを思わせるようなフランス風序曲のような鋭い付点音符の緩徐楽章と協奏曲的なフーガのセットに始まり、メランコリックさが印象的なシチリアーノとお気楽なテーマによるメヌエットの変奏曲。 第6番変ロ長調の第2楽章はバロック時代には珍しい「歌うアレグロ」。終楽章はダ・カーポ形式のメヌエット。 このようにざっと眺めてみても、同じ枠組みや似た形式で書かれたソナタはなく、また、曲ごとに調性が変わる上に、曲集としての全体のバランスもとれている。そして、各国の様式が混在しているのは国際都市ロンドンで仕事をしていた音楽家ならではのことだろう。 スコットランド歌曲を集めたW.トムソン編の「オルフェウス・カレドニウス」(「カレドニア」はスコットランドの古代ローマ名。つまり、"スコットランドのオルフェウス")が1725年にロンドンで出版され版を重ねてから、スコットランドやアイルランドのケルト音楽の出版が数多く見られるようになってくる。ジェミニアーニは1730年代に2回アイルランドのダブリンを訪問、スコットランドの作曲家J.オズワルドは1740年にロンドンに移住、そして1741年からのヘンデルのダブリンでの初めての演奏会シリーズ(メサイア初演を含む) など、音楽家の往来も盛んになる。 バルサンティは1735年(45歳頃)にエジンバラに移住。それ以前の史料の乏しさとは対照的に、エジンバラでのバルサンティに関しては大量の情報がある。スコットランド女性と結婚し、多くの貴族の庇護も得ている。エジンバラの音楽協会でヴァイオリン奏者として働き、またティンパニ(!)も演奏していたようだ。スコットランド移住の詳しい経緯はわからないが、流行していたスコットランド音楽に惹かれてのことというよりは、金銭的な魅力のためだったのかもしれない。協会は他にも多くの外国人音楽家を「マスター」として雇っていたが、バルサンティの給料は当初は大変に高額で他のマスターの2倍近くもあった。加えて、作曲や弦の供給に対しても支払いが行われている。協会のバックアップを受けたバルサンティは10曲からなるコンチェルトグロッソ集(1742)、9曲からなる序曲集(1743頃)そして28曲を集めた「スコットランド古歌曲集」(1742)を出版。オーケストラ作品には、当時としては珍しくティンパニーの活躍が特徴的なものやスコットランド音楽をイタリア風のコンチェルトやフランス風序曲に取り込んだものなど、他に見られない特徴が見られる。「歌曲集」は 通奏低音付きの独奏楽器のために編曲されていて、歌詞はオミットされている。収録された歌のうち21曲は「オルフェウス・カレドニウス」と重なり、数曲はオズワルドの曲集と重なっているが、1曲もしくは2曲はこのバルサンティの曲集が初出である。 ところが、1740年頃から協会の財政状況が悪化してきたらしく、バルサンティはどんどん減給されてしまい、ついには耐えられなくなったのか1743年にはティンパニを売り払って夫人と娘とともにロンドンに戻り、ヴォクソールガーデンの楽団のヴィオラ奏者になった。50歳を過ぎていた彼にはオーボエを吹くのがキツくなっていたのか、管楽器やヴァイオリンの席に空きがなかったのかは定かでない。 ロンドンでの一般的な外国人音楽家としてのありふれた活動内容に比べて、エジンバラでのバルサンティの成果は他に類を見ないものであある。今日のプログラムでは、その「スコットランド古歌曲集」から抜粋したものをソナタの合間に演奏する。
by flauto_diritto
| 2010-11-18 19:00
| Flauto diritto
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