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ヘンデルハウス

ヘンデルハウス演奏会当日。リハーサルは3時からなので午前中は買い物に行き、一旦ホテルに戻って着替えてから再度出かける。
ヘンデルハウスにほど近い高級専門店などが密集する高級な街メイフェアで、安っ~いお昼ご飯。
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あまりにもテラス席を大きく設定したために露店のように見えるこの店は、この界隈では一番の繁盛店で、隣近所には空席があってもここだけはいつも満席。呼び込みのお兄さんやウェイターやウェイトレスの威勢の良い(多少強引な)きびきびとした働きだけのせいではなく、「安くて」「美味い」のだ。
写真のラザニアとスパークリングウォーターで6.5ポンド。まあ900円弱。テイクアウトの客も多く店内はごった返しているがオペレーションはきちんとしていて、待たされたり物が来なかったりすることは無い。

で、ぶらぶら歩いて会場に向かう途中にはダンヒルの本店もあります。
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中にはカフェもあり、理容室もある。一度ここで散髪してもらいたいものですが、畏れ多いです。

で、ヘンデルハウス到着。 大通りボンドストリートにほど近い、ちょっと入った裏手にあります。わかりにくい場所です。
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普通のお客さんたちは薄暗い部屋でこんな肖像画とかを見て過ごすんですが(本当は写真撮影不可です!)
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今回は、普通のお客さんが入れない場所へ
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この「staff only」の階段を上がって4階まで行くんですが、しかし床の歪みがすごいですね。明らかに壁面と斜めになってる。
古めかしい階段を上ってたどりつくのは、近代的なオフィス。。。
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事務のおねえさんたちは、え!?この部屋の写真撮るの?ってびっくりしてました。このヘンデルハウスにはギタリストのジミヘン(ジミ・ヘンドリックス)が住んでいたことでも有名で、現在スタッフの事務室になっているこの部屋がジミヘンのベッドルームだったそうです。それに関する写真展とかもやってたみたいです。
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その事務室入り口の脇のひと一人がかろうじて通れるような狭くてこれまたひどく歪んだ階段を上ると
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演奏者控え室、最上階というよりは屋根裏部屋、ヘンデルの召使いの部屋だったところだそうですが、きれいに現代化されています。トイレも流しもあって普段はスタッフの休憩室としても使われています。

会場は、ヘンデルが歌手とのリハーサルをしていたという2階の部屋。定員30人!天井の照明など無いのでこんなに真っ暗です。スタンドの明かりと譜面台のピンポイント照明がたより。チェンバロのニックが調律しています。
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それにしても、上下の階での昔の再現的たたずまいと現代的でスマートな部屋のギャップがすごいなあ。
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by flauto_diritto | 2010-11-25 18:30 | Comments(0)

イタリアの道(第3回・第4回)2010

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この秋のリサイタルは、「イタリアの道」なのに18世紀初頭のイギリスです。

10月26日はヘンデルです。
ヘンデルのリコーダーソナタをまとめて全部演奏するのは14年ぶりです。前回は1996年、その時にはソロソナタだけではなくトリオソナタ2曲(リコーダー2本のヘ長調とリコーダーとヴァイオリンのヘ長調)も同時にプログラムに乗せたのでした。
今回は、チェンバロのみの通奏低音で6曲のソロソナタです。
木下邦人製作の Stanesby Sr. モデル a'=402Hz を使います。

ちなみに、この日のお昼には同じ会場(近江楽堂)のランチタイムコンサートで同じ曲目を3曲ずつ2回に分けて演奏します(12:30~と13:30~)。これは入場無料ですが整理券が必要(11:45から配布)です。いつもかなりな行列になるようです。ランチタイムでは415Hzのリコーダー2本( Bressan モデルStanesby Sr. モデル) を使います。

また、11月25日にはロンドンでも同じプログラムを演奏してきます。チェンバロは王立音楽院などで教えているニコラス・パールです。

11月18日はバルサンティ。
モクモクと煙が出て虫が死んだりはいたしません、というのは大阪のリコーダー奏者藤田隆氏のネタでしたが・・・。
こちらにはチェンバロだけでなくヴィオラ・ダ・ガンバも入ります。
リコーダーソナタだけではなく、『スコットランド古歌曲集』から数曲抜粋して演奏します。

イタリア音楽とスコットランド音楽を行ったり来たりするプログラムです。

この
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by flauto_diritto | 2010-11-18 19:00 | Flauto diritto | Comments(13)

バルサンティのプログラムノート

Francesco Barsanti (1690–1772)
F.バルサンティ
 Complete Sonatas for a treble Recorder and Basso continuo
           &
   Selection from " A Collection of OLD SCOTS TUNES "

1 : " Dumbarton's Drums "
  「ダンバートンの太鼓」

2 : Sonata No. 1 in D minor
  リコーダーソナタ 第1番 ニ短調
   Adagio - ( alla breve ) - Grave - Allegro assai

3 : " Johnnie Faa "
  「ジョニー・ファー」

4 : Sonata No.2 C major
  リコーダーソナタ 第2番 ハ長調
   Adagio - Allegro - Largo - Presto

5 : " Lochaber "
  「ロッホアバー」

6 : Sonata No.3 in G minor
  リコーダーソナタ 第3番 ト短調
   Adagio - Allegro - Largo - Gavotta - Minuet

      ~~~ 休憩 ~~~

7 : Sonata No. 5 in F major
  リコーダーソナタ 第5番 ヘ長調
   Adagio - ( Allegro ) - Siciliana, Largo - Minuet

8 : " Thro' the Wood, Laddie "
   「森を抜けて、若者よ」

9 : Sonata No.4 in C minor
  リコーダーソナタ 第4番 ハ短調
   Adagio - Con spirito - Siciliana, Largo - Gavotta, Allegro

10 : " Kat Oggie "
   「キャサリン・オギー」


11 : Sonata No.6 in Bb major
  リコーダーソナタ 第6番 変ロ長調
   Adagio - Non tanto Allegro - Sostenuto - Allegro



    リコーダー:小池耕平
    チェンバロ:鴨川華子
    ヴィオラ・ダ・ガンバ:中野哲也

 使用楽器
  アルトリコーダー:木下邦人製作 Th. Stanesby Sr.モデル 1985年 黄楊材
           木下邦人製作 Bressan モデル 1996年 黒檀+象牙
  ソプラノリコーダー:譜久島譲製作 E Terton モデル 1999年 黄楊材
  テナーリコーダー:YAMAHA YRT61-415 2005年 サテンウッド+人工象牙



18世紀初頭のロンドンはその頃ヨーロッパ随一の音楽興行都市であった。イタリアオペラの上演も、ヨーロッパ大陸ではまだ一般的でなかった公開演奏会も多かった。また、楽器のレッスンを受ける音楽愛好家も多数、楽譜出版も盛んであった。その巨大な音楽市場に大陸の各国からたくさんの音楽家がやって来た。音楽家にとってロンドンは稼げる街だったのだ。17世紀にはフランス音楽への志向が強かったロンドンは18世紀に入るとすっかりイタリア趣味へと鞍替えしてしまい、あまたのイタリア人音楽家を呼び込むことになった。オペラ歌手がイタリア人でなければならないというばかりでなく、器楽の演奏会でも明らかにイタリア人とわかる名前の奏者でないと観客の入りが悪いほどであった。

1690年に北イタリアのルッカで生まれたバルサンティはパドヴァ大学を出た後に音楽の道に路線変更し、同郷のヴァイオリン奏者ジェミニアーニとともに、1714年にロンドンにやって来た。彼はロンドンのオペラ座でオーボエとフルート(リコーダーのこと)奏者として働いたと伝えられているが、その頃ロンドンに3つあったオペラ劇場のどこで働いていたのかはわかっていない(ヘンデルのイタリアオペラの第二オーボエだった可能性があるという指摘もある)。他に、1717年から35年の間はイタリアのボローニャの主席オーボエ奏者だったという記録もあったり、1735年に故郷ルッカでの祭典に参加したとの記録もあるが、不確実な情報である。ロンドンで1724年にリコーダーソナタ集、27年にはトラヴェルソソナタ集、28年にはジェミニアーニの作品1から編曲したものが出版されていることからも、ロンドン到来以後のイタリア帰還は考えにくい。ただ、各国を渡り歩いたオーボエ奏者ラ・リッシュや、イギリスとイタリアを何度も行き来したヴァイオリン奏者ヴェラチーニなどの例もあるので、もしかしたらバルサンティも旅する音楽家だったのかもしれない。彼のロンドンでの仕事はオペラのオーケストラだけではなく、当然のことながら、公開演奏会もリコーダーやトラヴェルソの個人レッスンもしていたことだろう。そしてそういった仕事がソナタ集の出版に繋がったと考えられる。ちなみに、当時の宣伝には、バルサンティのリコーダーソナタ集は有名な管楽器製作家ブレッサンのところで販売される、とある。

バルサンティのリコーダーのためのソロソナタ集は、それぞれに性格の異なる6つのソナタからできている。
第1番ニ短調は、八分音符で歩みを進める通奏低音の上に白玉の二分音符の旋律がのせられた第1楽章に二分の二拍子のフーガの第2楽章が続く典型的なイタリア風の教会ソナタ。第4楽章のジーグでは連続する八分音符につけられたスラーが逆向きなのが珍しい。
第2番ハ長調の第1楽章には細かく即興的なイタリア風装飾がつけられている。第3楽章はフランスのヴィオール音楽を思い起こさせるような書法。第4楽章は疾風怒濤様式のようにめまぐるしく気分が変わる。
第3番ト短調では第4楽章に古典派を先取りしたかのような変奏曲付きのガヴォット。そしてわびしく短いメヌエットで締めくくられるのがオシャレ。
第4番ハ短調(本日演奏の曲順は5番を先に4番をその後にいたします)の第1第2楽章は沈鬱さや重苦しさに支配されているが、後半の二つの楽章は軽い舞曲。
第5番ヘ長調はヘンデルを思わせるようなフランス風序曲のような鋭い付点音符の緩徐楽章と協奏曲的なフーガのセットに始まり、メランコリックさが印象的なシチリアーノとお気楽なテーマによるメヌエットの変奏曲。
第6番変ロ長調の第2楽章はバロック時代には珍しい「歌うアレグロ」。終楽章はダ・カーポ形式のメヌエット。
このようにざっと眺めてみても、同じ枠組みや似た形式で書かれたソナタはなく、また、曲ごとに調性が変わる上に、曲集としての全体のバランスもとれている。そして、各国の様式が混在しているのは国際都市ロンドンで仕事をしていた音楽家ならではのことだろう。

スコットランド歌曲を集めたW.トムソン編の「オルフェウス・カレドニウス」(「カレドニア」はスコットランドの古代ローマ名。つまり、"スコットランドのオルフェウス")が1725年にロンドンで出版され版を重ねてから、スコットランドやアイルランドのケルト音楽の出版が数多く見られるようになってくる。ジェミニアーニは1730年代に2回アイルランドのダブリンを訪問、スコットランドの作曲家J.オズワルドは1740年にロンドンに移住、そして1741年からのヘンデルのダブリンでの初めての演奏会シリーズ(メサイア初演を含む) など、音楽家の往来も盛んになる。

バルサンティは1735年(45歳頃)にエジンバラに移住。それ以前の史料の乏しさとは対照的に、エジンバラでのバルサンティに関しては大量の情報がある。スコットランド女性と結婚し、多くの貴族の庇護も得ている。エジンバラの音楽協会でヴァイオリン奏者として働き、またティンパニ(!)も演奏していたようだ。スコットランド移住の詳しい経緯はわからないが、流行していたスコットランド音楽に惹かれてのことというよりは、金銭的な魅力のためだったのかもしれない。協会は他にも多くの外国人音楽家を「マスター」として雇っていたが、バルサンティの給料は当初は大変に高額で他のマスターの2倍近くもあった。加えて、作曲や弦の供給に対しても支払いが行われている。協会のバックアップを受けたバルサンティは10曲からなるコンチェルトグロッソ集(1742)、9曲からなる序曲集(1743頃)そして28曲を集めた「スコットランド古歌曲集」(1742)を出版。オーケストラ作品には、当時としては珍しくティンパニーの活躍が特徴的なものやスコットランド音楽をイタリア風のコンチェルトやフランス風序曲に取り込んだものなど、他に見られない特徴が見られる。「歌曲集」は 通奏低音付きの独奏楽器のために編曲されていて、歌詞はオミットされている。収録された歌のうち21曲は「オルフェウス・カレドニウス」と重なり、数曲はオズワルドの曲集と重なっているが、1曲もしくは2曲はこのバルサンティの曲集が初出である。
ところが、1740年頃から協会の財政状況が悪化してきたらしく、バルサンティはどんどん減給されてしまい、ついには耐えられなくなったのか1743年にはティンパニを売り払って夫人と娘とともにロンドンに戻り、ヴォクソールガーデンの楽団のヴィオラ奏者になった。50歳を過ぎていた彼にはオーボエを吹くのがキツくなっていたのか、管楽器やヴァイオリンの席に空きがなかったのかは定かでない。
ロンドンでの一般的な外国人音楽家としてのありふれた活動内容に比べて、エジンバラでのバルサンティの成果は他に類を見ないものであある。今日のプログラムでは、その「スコットランド古歌曲集」から抜粋したものをソナタの合間に演奏する。

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by flauto_diritto | 2010-11-18 19:00 | Flauto diritto | Comments(0)