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当たり~

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久しぶりに昼間休みだったので、自転車乗ってフラフラ。

人形町の洋食屋でハンバーグ食ったら福引き券くれた。

「現金つかみ取り」

二等賞!
千円札をワシヅカミにしてきました。
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by flauto_diritto | 2005-11-26 13:37 | Comments(7)

富山のバーで

レッスン終了後、メシ食ってからバーに突入。

まずは、届いたばかりという話題の新作ハーゼルバーン。a0012728_2211653.jpg
むむむ、何だか美味しくない。樽の木の味が強すぎ。微妙にしょっぱいけど、出来の悪いアイリッシュって感じ。

んでもって、普段はツマミ無しで飲むんですが、チーズ(ミモレット+α)もらってローズバンク14年。(第2弾)元の酒が何だかわからないほどにシェリッシュ。でも、だから、チーズと一緒にはバッチリa0012728_2222494.jpg


で、最後にロンバードのクラインリッシュ。(82~97)
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いかにもクラインリッシュらしく、マスタード風味で美味。

久しぶりのバーでした。
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by flauto_diritto | 2005-11-05 21:57 | ウイスキー | Comments(0)

「プリズム」のプログラムノート

11月3日からの演奏会バロック・プリズムのプログラムノート。

             「バロック」の音楽

 バロック音楽は、一般に「さわやかな、癒される、構成がくっきりしていてわかりやすい」音楽という大きな誤解を持って受け入れられている面が有るように感じられる
 しかし「バロック」の本質は逆のところにある。元来、バロックとは歪んだ真珠のことである。情緒を伝えるための演劇性・演技性、感覚的な効果とダイナミズム、光と影のコントラスト、情に訴えて説き伏せる強い主張、無限に至るまで増殖していくディティール、これらが「バロック」を特徴付ける要素である。

 1600年より少し前の頃、イタリア、フィレンツェで古代ギリシャの音楽劇を再現するための新たな音楽の試みが起こった。これがオペラの起源である。それ以前のルネサンス期の音楽はポリフォニー(同時に複数のメロディーが響きあう音楽)であった。そこでは歌詞の内容を伝えることよりも音楽全体の調和が優先されている。対して、この音楽劇のために新たに考案されたのは、モノディーと呼ばれるひとつだけの歌のメロディーをシンプルな低音の伴奏に乗せた形である。メロディーの音形は歌詞の情感に沿ってつけられ、伴奏には低音に数字をふって弾くべき和音を示す通奏低音が発明された。これは当時「新音楽」とか「第二作曲法」などと呼ばれ、前時代ルネサンスの「旧音楽」と対比された。この新しい作曲技法を持って作られた現存する最古のオペラ(ペーリ作曲「エウリディーチェ」1600年)をもって音楽のバロック時代が始まる。
 しかも、バロック音楽は「旧音楽」を手放してしまうことは無く、ポリフォニーも作曲され続けた。その結果、ひとつの楽曲の中にさえ頻繁に見られるその両者の対比が、より一層バロック的な様相となって立ち上ることにもなっている。そして、歌詞の内容を音によって表出しようとするバロック音楽は、音形に象徴的な意味を与え蓄積して行った。のみならず、調性やリズムや楽器の種類など様々な音楽の要素に逐一象徴的意味合いを与え、それらの要素が修辞学と結びつき、歌詞を持たない器楽作品においても音という言語を通して深い意味を伝えるものとなった。

 そもそも、「バロック」というのは18世紀のフランス人がイタリアの芸術の悪口として言い始めたことであった。彼らはフランスこそは古典主義だと考えていたのだ。例えば、1776年の百科全書ジャン・ジャック・ルソー筆による『バロック音楽』の項目の定義には「混乱した和声、変形と不協和音に満ちた、困難なイントネーションと矛盾せる運動を持つ」もの、とある。新しい時代が直前の時代の悪口を言うのはよくあることだし、そういった悪口ほど物事の本質を良くとらえている。
 ルソーは当時の伊・仏のオペラの優劣を論じた有名なブフォン論争においてイタリア派(!)であり、かれのこの記述はフランス派のラモーを攻撃するスタンスによるものだ。この頃のイタリアオペラは既に古典主義的方向性を強く持っており、守旧派ラモーのフランスオペラはそのまた前世代のリュリ(イタリア人でありながらルイ14世時代のフランスオペラを作り上げ、フランス様式を作り上げた)の後継とみなされていた。ルソーの発言はバロックを他者として批判していながら二重三重にねじれた矛盾した関係を示すまことににバロック的なものになっているのも面白い。

 この演奏会で取り上げる音楽は「バロック」をお聴き頂くことが出来る作品ばかりである。しかも、使ったプリズムが歪んでいたのか、何と統一性の無いプログラム。(今、このプログラムノートを書くのがいかに困難なことか)。しかも、この編成(リコーダーとヴァイオリンとチェンバロ)のコンサートでは、G.Ph.テレマンやG.F.ヘンデルのなど有名作曲家のトリオソナタ(名曲!)が定番だろうに、トリオ作品でオリジナルの編成のものは取り上げられていない。


 ギボンズの作品ははっきり言ってバロックではない。これはマニエリスムである。ルネサンス時代の伝統を受け継ぐポリフォニーで作曲されたこのファンタジアにはルネサンスの古典的な構築感や安定感は存在しない。バロック音楽は1600年に始まるとされるが、イタリアで興ったそれが即時に全ヨーロッパに広まったわけではない。この曲に聴かれるポリフォニーは調和と安定の音楽ではなく、しかもバロックのように集中的な意図もなく感覚を優先したものでもなく、知的に組み上げられたポリフォニーの醸し出すうつろう情感はメランコリーと不均衡を表出している。

 初期バロック、ヴェネツィアの作曲家、ピッキのカンツォーナ1番には“2つのヴァイオリンあるいはコルネットのための”と指定がある。初期バロックイタリアの作品はいずれも強いエネルギーを持っている。単一楽章でたかだか5分程度の短い音楽に多彩なな要素が詰め込まれ、各部分の対比がドラマチックな印象を強めあっている。ピッキのこのカンツォーナは冒頭から上2声が激しく鳴き交わし一気に聴き手をドラマの中心へと連れて行く。ホモフォニックで安定した部分や3拍子のダンス、エコー(こだま)が聴こえたり悲劇の登場人物の朗唱を想起させるような様々な音楽的場面を経て、最後に冒頭の鳴き交わしが戻ってくる。そして印象的な締めくくり。器楽によるミニオペラのような作品。

 ザルツブルク宮廷に勤めた弦楽器奏者ビーバーは、ヴァイオリンのみならずヴィオラ・ダ・ガンバやコントラバスも演奏していた。彼のパッサカリアは伝統的なドイツ語圏のヴァイオリン音楽の技法にのっとっている(重音奏法の多用や細かい音の早弾きなど)。この曲を聴いてバッハの有名なシャコンヌを思い起こす人も多いことだろう。バッハの無伴奏ヴァイオリンの為のソナタとパルティータは決して突然変異種ではなく、この伝統の延長線上の終着点なのだ。
 パッサカリアを特徴付ける下降する4つの音による定旋律は途切れることなく65回繰り返され、そこに旋律がのせられていく。パッサカリアは元来は舞曲であるが、宗教性さえ感じられるこの曲は、聖母マリアの秘蹟を題材にした15曲からなる「ロザリオのソナタ集」の終わりに第16曲目として、楽譜冒頭に守護天使と子供を描いた銅版画が添えられたものである。

 初期バロックにおいて単楽章だったソナタは、17世紀の後半にその規模を拡大し、繋ぎ合わせられていた性格の異なる部分が分離され、多楽章で構成されるようになっていく。そして、緩・急・緩・急の4楽章形式に収斂していく。
 言い換えれば、対照的なものがひしめき合っている状態で そのぶつかり合いが大きなエネルギーを生んでいた17世紀の音楽は、18世紀に到って 異なるものどものひしめき合いに秩序と調和を与えたいわゆる「良い趣味」を目指すようになってくるのだ。

 ウイリアムズのイ短調のソナタは、本来は2本のリコーダーと通奏低音のための作品。イタリア趣味をイギリス流に取り込んだ一世代上のH.パーセルの音楽の影響を色濃く受け継いでいる。彼の他のソナタには緩・急・緩・急の楽章構成のものも見られるが、この曲は緩・急・急の3楽章である。王室の楽団のヴァイオリン奏者だった彼の作品は、30代で早逝したためにごく僅かだが、そのクオリティーは非常に高い。

 「趣味の融合」は18世紀の音楽の合言葉のように、ヨーロッパ各国で見られる。ルイ14死後のフランスにおいてもフランス趣味とイタリア趣味の融合という形で現れる。理論家達はブフォン論争でイタリアとフランスの音楽の優劣を主張しあったりしていたが、作曲家達はこの両者を融合させた新しいフランス様式を作り上げていった。
 クープランの「新しいコンセール集」はまさに「趣味の融合Les gouts-reunis」と題されている。この曲集最後のコンセール第14番はプレリュードの後に二つの舞曲そしてフゲッタ(小フーガ)が続く、4楽章構成のコンパクトなソナタ。イタリア風の八分音符の刻みのウォーキングバスに揺らめくフランス風の取り止めの無い旋律の乗るプレリュード、速いテンポで躍動するイタリア趣味の強いアルマンド、大げさな身振りを持つ重たいサラバンド、フランスでよく見られるゆるい構成のフーガ。全楽章に半音階のゆらぎと軋みが特徴的に聴こえてくる。

 サンマルティーニはミラノ生まれで、1727年にイタリアを離れてロンドンに向かい1728年以降そこに定住した管楽器奏者。1760年にまとめられた筆写譜に含まれるリコーダーソナタト短調は1736年以前に作曲されたということは確実だが、いつどこで作曲されたのかは不明である。このソナタは作曲年代からすると大変に新しい様式を見せている。まるで、J.S.バッハの次男エマヌエル・バッハの感情過多様式をほうふつとさせる音楽。

 (そして、バッハを分光する試み)
 バロック音楽の時代は1750年のヨハン・セバスチアン・バッハの死を持って幕を閉じるというのが、年表的な知識である。実際にはそれ以降もそれまでのバロック時代の様式の作品は作られていくのだが。これはつまり、バッハがバロック最後期の最も重要な作曲家として考えられているという証である。
 バッハの音楽ほど独自性をもったものはない。それは、他のバロック音楽と比べてというだけではなくあらゆるジャンルの音楽の中にあっても、誰が聴いてもすぐにバッハの作品だとわかるほどのものだ。J.S.バッハの音楽は、前述ルソーによるバロック音楽の定義(「混乱した和声、変形と不協和音に満ちた、困難なイントネーションと矛盾せる運動を持つ」)にぴったり当てはまる。私たちがバッハをバッハと認識するのは、その独特なひずみを持ってうねり進む旋律線によってであり、多くの不協和音を含む複雑で予想外の展開を示す和声進行によってであり、高度な対位法による綿密なポリフォニーによってである。
 現代において高い評価を得ているバッハであるが、当時のドイツにおいて人気が無く死後忘れ去られてしまったのは、バロックを脱しより新しい音楽へ向かおうとする同時代の人々からは時代遅れとみなされたためでもあるだろう。
 現存するバッハの室内楽作品は数少ないため、編成を変えて演奏する試みが数多くなされている。今回演奏する2曲もそういった試みのうちのひとつである。オルガンソナタもフルートとチェンバロのためのソナタも元々トリオソナタの形式によって書かれている(オルガンの場合は右手と左手の鍵盤がそれぞれ旋律を受け持ち足鍵盤が通奏低音、フルートとチェンバロのためのソナタではフルートとチェンバロの右手がメロディーでチェンバロの左手が通奏低音)ので、それらをごくシンプルにリコーダーとヴァイオリンという2つの旋律楽器とし、チェンバロを(単旋律としてのみ演奏される原曲とは異なり和音を補充しながら演奏することになる)通奏低音として振り分け、音域が合うように移調したほか適宜細かいアレンジを施した。

 バロック時代は光学機器の発達した時代でもある。ミクロの方向へは顕微鏡による観察、マクロに向かっては望遠鏡を使っての天文学。光を分離するためのプリズムも科学の時代を切り開いたバロックを象徴する機器のひとつである。私たち3つの楽器による音楽のプリズムを通したバロックをお聴き下さい。       (小池耕平)
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by flauto_diritto | 2005-11-02 01:06 | 音楽 | Comments(8)