カテゴリ:Flauto diritto( 17 )

リサイタル 2016 イタリアの道 作曲家別シリーズ 第6回 Ignazio Sieber

毎回ひとりのイタリア人作曲家をとりあげるシリーズ、第6回は全く無名の I. Sieber ズィーバーです。
(カタカナでは「ジーバー」と書かれていることもあります)

ミラノに生まれたズィーバーは、木管楽器(オーボエ、フラウト・トラヴェルソ、リコーダー)の奏者でした。
彼については、ローマに留学中のヘンデルのオラトリオ「復活」上演の際にオーボエを演奏した可能性があり、ヴィヴァルディが教えていたヴェネツィアのピエタ慈善院でオーボエとトラヴェルソの教師として勤めていたことなどがわかっています。

1716年頃にオランダ、アムステルダムの出版社 Roger ロジェが出した12曲からなるリコーダーソナタ集にズィーバーの作品が6曲入っています。曲集のタイトルは『12のソナタ/リコーダーと通奏低音のための/最初の6曲はガリアード氏作曲の作品1 そして後半の6曲はローマ在住のズィーバー氏の作品1』(←クリックするとIMSLPの楽譜ダウンロードするページが開きます)。

ガリアードはドイツからイギリスに移住した、ロンドンのオペラ座の木管楽器奏者です。全く無関係なこの二人の音楽家の作品を一冊にまとめたこの曲集を出版したロジェはヴィヴァルディ作品の海賊出版でも知られています。

ズィーバーのリコーダーソナタ曲はここに含まれる6曲だけです。ところが曲集の7番、8番、10番、12番は、知らずに聴いたら新発見のヴィヴァルディ作品かと思うほどにヴィヴァルディ的な音楽です(その中には元ネタがわかっている曲もいくつかあり、たとえば7番の第1楽章はヴィヴァルディのヴァイオリンソナタ作品2-3の第1楽章を下敷きにした編曲作品)。その一方、9番のソナタは大変にコレッリのヴァイオリンソナタ風、11番のソナタはヴェラチーニが1716年に清書してドレスデンに献呈したソナタの第5番とほぼ同一の曲です。
この6曲のソナタを一気に演奏するのは、超絶技巧のコンチェルトを6曲まとめて演奏するようなものです。

楽譜の海賊出版で悪名高い出版社による、無名の音楽家ズィーバーのリコーダーソナタの真贋は?また、盗用したのはヴェラチーニ?あるいはズィーバー?演奏会当日に配布する、残された数少ない資料や関連作品の楽譜を検証したプログラムノートとともに、エネルギーが横溢するリコーダー作品をお聴きください。

ネットでの演奏会のご予約は、この記事のコメント欄から(その際、「お名前、人数、メールアドレス」を明記の上、必ず「非公開コメント」のチェックボックスにチェック☑︎を入れて)。
または、E-mailの場合、flauto_diritto@excite.co.jp
お電話の場合は、東京オペラシティチケットセンター 03-5353-9999
東京古典楽器センター 03-3952-5515

日本初となるズィーバーのリコーダーソナタ全曲演奏会。リコーダー愛好家の方々にはもちろんのこと、聴いたことがない音楽が聴いてみたい方やヴィヴァルディ愛好家の方にも特にオススメです。
a0012728_13165276.jpg



[PR]
by flauto_diritto | 2016-04-05 19:00 | Flauto diritto | Comments(3)

「リコーダーソナタの黄金時代」のプログラムノート

リコーダーソナタの黄金時代   2015. 4. 10 近江楽堂

1:T. メルラ/ソナタ 第1番( Op. 6, 1624年 )
  T. Merula : Sonata Prima

2:G. B. ルイエ/ソナタ イ短調 作品1-1( 1710年頃 )
  G. B. Loeillet de Gant : Recorder Sonata A minor Op. 1 - 1
   Adagio - Allegro - Largo - Giga ( Allegro )

3:J. Chr. ペプシュ/ソナタ ニ短調 作品2aー2( 1709年 )
  J. Chr. Pepusch : Recorder Sonata D minor Op. 2a - 2
   Adagio - Allegro - Largo - Allegro

4:J. オトテール・ル・ロマン/組曲 変ロ長調 作品2-3( 新版 1715年 )
  J. Hotteterre ( le Romain ) : Suite Bb major Op. 2 - 3 ( New edition, 1715 )
   Prelude ( from Suite Op. 2 - 2 ) - Allemande ( La Cassade de St. Cloud サン・クルーの滝 ) -
   Sarabande ( La Guimon ラ・ギモン ) - Courante ( L’indiferante つれない女 ) & Double -
   Rondeau ( Le plaintif 悲しみ ) - Menuet ( Le mignon かわいい子 ) - Gigue ( L’Itaienne イタリア女 )

~~~ 休憩 ( 15分 ) ~~~

5:G. Ph. テレマン/ソナタ ニ短調 ( 1740年頃 )
  G. Ph. Telemann : Recorder Sonata D minor ( “ Essercizii Musici ” )
   Affetuoso - Presto - Grave - Allegro

6:I. ズィーバー/ソナタ イ短調 (第1番)( 1716年頃 )
  I. Sieber : Recorder Sonata A minor
   Preludio ( Largo ) - Corrente ( Allegro ) - Ceciliana ( Largo ) - Capricio ( Allegro )

7:G. F. ヘンデル/ソナタ ハ長調 HWV 365( 1725年頃 )
  G. F. Handel : Recorder Sonata C major HWV 365
   Larghetto - Allegro - Largo - a Tempo di Gavotto - Allegro


リコーダー:小池耕平
チェンバロ:曽根麻矢子
ヴィオラ・ダ・ガンバ:中野哲也

使用楽器
ソプラノ・リコーダー:Ganassi タイプ、楓、415Hz、平尾重治製作、1990年
アルト・リコーダー:
Th. Stanesby Sr. モデル、ツゲ、415Hz、木下邦人製作、1985年
Th. Stanesby Sr. モデル、ツゲ、415Hz、木下邦人製作、2014年
P. Bressan モデル、黒檀(エボニー)+象牙、415Hz、木下邦人製作、1996年

 バロック時代17~18世紀の器楽曲は「ソナタ」というタイトルばっかりでまことに味気ない。おしゃれなタイトルがついているのはフランスの曲ばかりで、イタリアやドイツの曲にカッコいいタイトルを持つものは珍しい。

 17世紀を迎える少し前にイタリアで初めて「ソナタ」というタイトルの曲が作られた。それは教会で演奏するための合奏曲だった。「ソナタ」というのは「Sonare」(奏でる)からきた言葉で、つまり「楽器のための音楽」ということだ。以来、様々な編成の色々な様式のソナタが作られるようになったが、初期のソナタは切れ目なく演奏される1つの曲の中に性格の異なる様々な場面がつなぎあわされたものだった。たとえば、ルネサンス時代に流行したカンツォーナのような部分、オペラの主人公のアリアやレシタティーヴォのような歌唱的なメロディー、舞曲の要素、楽器の名人芸を発揮できるような技巧的な音形、などなど。

 ソナタの誕生はバロック音楽の誕生と期を同じくしている。

 バロック音楽は16世紀末におこった古代ギリシャの音楽劇の再生に端を発している。それ以前のルネサンス期の音楽の基本はポリフォニー(同時に複数のメロディーが響きあう対位法的な音楽)であった。そこでは歌詞の内容を伝えることよりも音楽全体の調和が優先されている。対して、この音楽劇のために新たに考案されたのは、モノディーと呼ばれるひとつだけの歌のメロディーをシンプルな低音の伴奏に乗せた形である。メロディーの音形は歌詞の情感に沿ってつけられ、伴奏には低音に数字をふって弾くべき和音を示す通奏低音が発明された。これは当時「新音楽」とか「第二作法」などと呼ばれ、ルネサンスの「旧音楽」「第一作法」と対比された。この新しい作曲技法により オペラが作られたことをもって音楽のバロック時代の始まりとされている。
 そして、歌詞の内容を音によって表出しようとすることで、音形には象徴的な意味が与えられ蓄積されていった。のみならず、調性やリズムや楽器の種類など様々な音楽の要素に逐一象徴的意味合いが付与され、それらの要素が修辞学と結びつき、歌詞を持たない器楽作品においても音という言語を通して深い意味を伝えるものとなった。器楽曲「ソナタ」はオシャレなタイトルがなくとも、音楽それ自体が様々な意味内容を発信する作品だったのだ。

~~~~~

 メルラ Merula はクレモナ近郊に生まれ、オルガン奏者や教会の楽長として北イタリアのいくつもの教会にオルガン奏者や楽長として勤めた。本日演奏するメルラのソナタ第1番はポーランドのワルシャワのオルガン奏者時代に出版された作品6の曲集「モテットと協奏的ソナタ第1巻」に収められている。ソプラノ楽器とバス楽器のための2声部のソナタと題されていて、これは通奏低音から独立して動くバス声部を持ったトリオソナタなのだが、残念なことにバスのパート譜が失われている。ショット Schott 社から出版されている現代譜で復元されているバス楽器のパートには不十分なところが多く、今回それを元に大幅に加筆修正した版を作って演奏する。初期バロックのソナタの典型的な教会用のソナタで、舞曲的な要素は含まれておらず、楽器で演奏される小さなミサ曲のようなおもむきさえある。

 リコーダーのためのソロソナタは18世紀になって大量に作曲され出版されるようになる。リコーダーはこの頃には1本管で円筒の内径のルネサンス・タイプから、優美な曲線のふくらみやリング状の装飾を持った旋盤細工のジョイントで複数のパーツを繋ぎ先細りの内径を持ったバロック・タイプのものになっていた。皆さんががよくご存知の形状のリコーダーは17世紀の後半に作り上げられたのだ。そして、ブルジョワ層の音楽愛好家の増大が、出版ビジネスの隆盛に伴って、リコーダーのための曲集や教則本の出版を増やすことにもなった。本日の2曲目以降はリコーダーソナタの黄金時代である18世紀前半の音楽である。

 ルイエ Loeillet はベルギーの木管楽器奏者の一族。リコーダー業界で最も有名なジャン・バチスト・ルイエはリヨン司教に仕えていた。全く同姓同名の従兄と区別するために出身地から「ガン(ヘント)のルイエ」と呼ばれている(従兄の方は「ロンドンのルイエ」)。ガンのルイエはそれぞれ12曲からなる4巻のリコーダーソナタ集を出版している。その第1巻第1番のソナタ・イ短調はリコーダーを吹く人なら必ず演奏したことがあるはずの名曲。緩~急~緩~急の4つの楽章からなる通常の構成を持つソナタで、フランス在住のベルギー人の作品なのにフランス様式の要素が全く見られない。第1楽章冒頭で通奏低音がリコーダーに先んじて最初のメロディーを演奏するのが 珍しい。

 ドイツからイギリス・ロンドンに移住してきたペプシュ Pepusch は「乞食オペラ」によってヘンデルが王立アカデミーで上演していたイタリアオペラに痛手を食らわせたことばかりが有名であるが、劇場作品だけでなく宗教曲や室内楽作品もたくさん残している。また、ロンドンで「古楽アカデミー」の設立と運営にあたり、演奏会や教育をおこなっていた。ペプシュの作品はドイツ出身であることをほとんど感じさせないほどイギリス的な音楽であることが多い。ニ短調のリコーダーソナタもそのような作品のひとつである。

 テレマン Telemann は音楽家の家系ではなかったが、親の反対にも関わらず独学で作曲を身につけ様々な楽器を独習しており、ことにリコーダーが得意であった。また、自分自身で製版して楽譜の出版もおこなっていた。様々な宮廷や教会などの楽長を勤め、最終的には自由都市ハンブルクの音楽監督に就任した。全てのジャンルに渡って膨大な数の曲を作り、確認されているだけで3,600曲以上、クラシック音楽の作品数でギネス記録保持者である。1740年頃に自分で出版した「音楽練習曲集 Essercizii Musici 」は、1738年に出版されて大評判となったスカルラッティのソナタ集として知られる「30の練習曲 Esserzici 」に影響を受けたタイトルをもった、様々な楽器のためのソロソナタとトリオソナタの曲集である。ニ短調のリコーダーソナタは、曲集のタイトルの通り、高度な演奏技術を要求する作品である。

 ヘンデル Handel もテレマンと同じく音楽一族の出ではなく、法律家になることを父から期待されていたが、領主に才能を見いだされ音楽の道へと進んだ天才少年だった。イタリア留学後にイギリス国王ジョージ1世の音楽家となったヘンデルは、イギリス到着当初はイタリア音楽の音楽家としてオペラ上演を主な仕事としていた。その頃に作曲された彼のリコーダーソナタは、チェンバロの生徒であったアン王女の通奏低音の課題にも使われた。ヘンデルはソナタ集の楽譜を当初は出版せず、写譜係に筆写させたものを販売していたようだ。その最初の出版は、ロンドンの出版社ウォルシュ Walsh がアムステルダムの出版社ロジェ Roger の名を騙って出した海賊版だった。イギリス国王の与える著作権は外国にまで効力が及ばないからだ。しかし、この版はヘンデル作でないソナタが紛れ込んでいたり楽章の抜け落ちがあったりと信憑性が乏しい。ウォルシュはその後「より正確な版」という題目を付けて、再びヘンデルの許可もなく出版し直すが、やはり内容に難ありだ。こうまでして海賊版を出すということは、ヘンデルのソナタ集が「売れる」ものだったということだ。

 ルイ14世時代のフランスでは、文化的先進国イタリアへの対抗心から、また中央集権体制を確固としたものにするためにも、フランス独自の芸術を創り上げることに熱心だった。そこではオペラは受け入れられず抒情悲劇という音楽劇が作られ、ソナタではなく舞曲を主体とした組曲が器楽曲のメインとなった。国王の舞踏好きもあって、フランスは舞曲の国だったのだ。
 オトテール Hotteterre 家は17世紀から18世紀にかけて様々な木管楽器製作、演奏、作曲に携わった一族。その中でも最も有名なジャック・オトテールは一族の他のメンバーと同じくヴェルサイユに勤務し、ローマ人(ル・ロマン)とあだ名されていた。彼が1707年に出版したフルート・リコーダー・オーボエのための教則本はベストセラーとなった。その翌年1708年に出版された作品2の組曲集には、プレリュードの後に数曲の舞曲が続く独奏楽器のための組曲が3曲収められている。それぞれの舞曲には人名や地名などのタイトルがつけられた典型的なフランスのバロック音楽である。この曲集が1715年に新たに彫版された際、旧版の第2組曲と第3組曲はそれぞれ2つに分割されて5曲の組曲となった。また、新たにたくさんの装飾記号も 付け足された。本日は、新版の第3組曲の前に第2組曲のプレリュード(これは旧版では同じ組曲のもの)を付けて演奏する。

 ズィーバー Sieber というドイツ人名前の管楽器奏者はたった1冊のソナタ集によって知られている。1716年頃にアムステルダムのロジェが出した「12のソナタ、リコーダーと通奏低音のための、最初の6曲はガリアルド氏の作品、後半6曲はローマ在住のズィーバー氏によるもの」がそれである。(ガリアルド氏はロンドンで活動したドイツ人管楽器奏者 J. E. Galliard )。ロジェはヴィヴァルディ作品の海賊出版でも知られる出版社で、このソナタ集も正しい手続きを踏んで出版されたものではないと推察される。ミラノに生まれたズィーバーは、ローマで活動しただけでなく、ヴィヴァルディも勤めていたヴェネツィアのピエタでオーボエやトラヴェルソ教師としても働いた時期がある。
 イ短調のソナタは、曲集中7番目のソナタでありズィーバー作品の第1番目のものである。第1楽章はヴィヴァルディのヴァイオリンソナタ Op. 2 - 3 を下敷きにしたもので、第4楽章はヴィヴァルディの弦楽のためのコンチェルト RV127の第3楽章によく似ている。また、第2楽章コレンテも第3楽章シチリアーナも作曲者名を知らずに聴いたら誰もがヴィヴァルディの作品だと思うだろう。ズィーバーの他のソナタもヴィヴァルディと同様の書法のものが多いが、それらがヴィヴァルディの失われた作品を元に編曲されたものなのか、ズィーバーによるヴィヴァルディ的な創作なのかは不明である。(Sieber は「ジーバー」とカナ書きされることが多いようだが、その音を嫌って「ズィーバー」と表記した。)

 作曲されたばかりの楽譜を買って演奏した18世紀当時のアマチュア・リコーダー奏者はどれほど楽しんだことだろう。いや、現代においても、どれほど沢山の人々がこれらのリコーダー音楽を聴いたり自ら演奏したりすることで楽しんでいることだろうか。これらの曲目は技術的な難度の高低にかかわらず音楽的な充実感を感じさせてくれる名曲ぞろいである。また、自ら楽器を取って演奏して楽しむ文化は深い音楽的土壌に根ざしたものである。聴く人も奏でる人も今後より一層の深さと広がりを持ってくれることを願う。     (小池耕平)


[PR]
by flauto_diritto | 2015-04-10 21:00 | Flauto diritto | Comments(0)

リサイタル2015

追加公演決定!

好評完売いたしました、4/10の「リコーダーソナタの黄金時代」は2種類の追加公演をすることになりました。

1)4/10, 15:00 - 17:00
近江楽堂でのドレスリハーサル公開。料金3,000円。

  本番と同じ衣装で、本番と同じ進行でおこなうドレスリハーサルをお聴きいただきます。この日の19:00からのチケットをお持ちの方で変更をご希望の方はその場で差額を返金いたします。
 入場券はありませんので、15時までに直接会場にお越し下さい。ご予約は不要ですが、できればこの記事のコメント欄からお名前と人数をお知らせ下さい。


2)4/11(土)16:00
世田谷区の小さなサロンでのコンサート。限定20席(完全予約制)
こちらは予約受付を終了いたしました。ありがとうございました。
  
   会費
   A : 8000円 (シャンパーニュ付き)
   B : 7000円 (ノンアルコールドリンク付き)
   C : 3500円 (中高生)


  通奏低音はチェンバロだけで追加公演いたします。
  チェンバロ常設のステキなサロンでグラスを傾けながらのひととき。
  ※必ず事前にご予約下さい。ご予約の際、A〜C(人数)をお知らせ下さい。


1)2)ともにこの記事のコメント欄からご予約を受け付けます。
お名前、人数、確認メールを受け取るEメールアドレスを明記の上、「非公開コメント」のチェックボックスにチェック☑️を入れて送信して下さい。  2)へのご予約のお客様には場所などの詳細をメールでご連絡いたします。

あるいはメールでのご予約の場合はflauto_diritto@excite.co.jpまでお願いします。

今年のリサイタルは、久しぶりに特別のテーマを持たないものです。

ここ数年、「イタリアの道」と題して、毎回1人のイタリア人作曲家を取り上げたプログラムでリサイタルをしてきました。まだまだ大勢のイタリア人作曲家が残っていてイタリアを行く旅は道の途中ですが、今回は趣向を変えて、バロック時代のリコーダー作品の多様さが垣間見えるような、多くの国の作曲家のタイプの異なるソナタを取り上げたプログラムです。つまり、「リコーダーソナタの黄金時代」である18世紀前半の音楽を概観できるプログラムにしました。

演目は、バロック音楽の王道のヘンデルとテレマンから、よほどのリコーダーマニアでも聴いたことがないかもしれないズィーバーやメルラのイタリア系のソナタ、はたまた、リコーダーを習う人が独奏曲として最初に吹くレパートリー(しかも名曲!)であるのに滅多に演奏会で取り上げられないベルギーのルイエやロンドンのペプシュのソナタまで、バロック時代の様々なリコーダー・ソナタを多面的に取り上げています。

唯一のソナタでない作品、フランスのオトテールの組曲は、昨年2014年に木下邦人によって新たに作られたオトテールの教則本にある運指表と同じ運指のアルトリコーダー(Stanesby Sr.モデル)で演奏することで、有名なこの曲に新たな光を当てます。


2015年4月10日(金)19:00開演(18:30開場)
東京オペラシティ3階「近江楽堂」

前売4000円(当日4500円)

a0012728_20413387.jpg


a0012728_1621720.jpg


今回の通奏低音は、チェンバロ曽根麻矢子とヴィオラ・ダ・ガンバの中野哲也です。名人ふたりのサポートを得て、内容の濃い豪華な演奏会となるでしょう。

[PR]
by flauto_diritto | 2015-04-10 19:00 | Flauto diritto | Comments(1)

CD発売記念演奏会

5月7日にリリースされたCD「ヘンデル:リコーダーソナタ集」の発売を記念して、7月に東京と大阪で演奏会をいたします。

この記事のコメント欄からも御予約を受け付けます。お名前とチケットの枚数、メールアドレスをご記入の上、必ず【非公開コメント】のチェックボックスにチェックを入れて送信して下さい。

この演奏会で使用するアルトリコーダーは録音で使用したものとは異なり415 Hzのステインズビィ Sr.モデルです。


a0012728_15102915.png






 CDリリース記念
 小池耕平リコーダーリサイタル

 音楽輸入都市ロンドン
  ヘンデルとその周辺
   

東京公演
  小池耕平/リコーダー
  辰巳美納子/チェンバロ

 2013年 7月19日 (金曜日) 19:00開演 (18:30開場)
 近江楽堂(東京オペラシティ3階)
 前売4,000円 当日4,500円 (全席自由)

大阪公演
 小池耕平/リコーダー
 三橋桜子/チェンバロ

 2013年 7月27日 (土曜日) 15:00開演 (14:30開場)
 タケヤマホール(アンリュウリコーダーギャラリー内)
 前売3,000円 当日3,500円 (全席自由)

●チケット予約●お問い合わせ
  オフィスアルシュ
   http://www.o-arches.com
   sonate@o-arches.com
   電話:03-3565-6771
  アンリュウリコーダーギャラリー
   http://www.a-rg.jp
   電話:06-6678-1011(平日11:00~17:00)

●プログラム
  G. F. ヘンデル/リコーダーソナタ ニ短調  HWV 367a
         /リコーダーソナタ ハ長調  HWV 365
  G. B. ボノンチーニ/ディヴェルティメント・ダ・カメラ 第3番 イ短調
  F. バルサンティ/スコットランド古歌曲集より
  J. ルイエ(ロンドンのルイエ)/リコーダーソナタ 第1番 ハ長調
  Ch. デュパール/組曲 第5番 ヘ長調
  G. フィンガー/グラウンド
   
18世紀前半、ヘンデルが暮らしたロンドンで鳴り響いていた様々な音楽をリコーダーの響きにのせてお楽しみいただきます。ヘンデルのソナタだけでなく、彼のライヴァルだったイタリア人作曲家の作品、フランス人作曲家の組曲、異国趣味のスコットランド音楽まで彩り豊かなプログラムです。
[PR]
by flauto_diritto | 2013-07-27 15:00 | Flauto diritto

2012年リサイタル「イタリアの道」 ヴェラチーニ編

a0012728_17555583.jpg



小池耕平リコーダーリサイタル
 イタリアの道
 flauto diritto

作曲家別シリーズ 第5回
ヴェラチーニ Francesco Maria Veracini (1690 - 1768 )

ヴァイオリンまたはリコーダーと通奏低音のためのソナタ集(1716年)より
 1番へ長調
 3番ニ短調
 4番変ロ長調
 9番ト短調
 10番ニ短調

ソナタイ短調(ブリュッセル手稿)

2012年
東京公演 10月11日(木) 19:00開演(18:30開場)
東京オペラシティ「近江楽堂」
東京都新宿区 西新宿3-20-2 東京オペラシティ3F 京王新線初台駅東口出口から徒歩3分
前売:4000円 当日券:4500円

大阪公演 11月4日(日) 15:00開演(14:30開場)
アンリュウリコーダーギャラリー「タケヤマホール」
大阪市住之江区安立3-8-12 南海電鉄南海線(普通)「住之江」駅より徒歩7分
阪堺電車上町線「あびこ道」駅より徒歩2分
前売:3000円 当日券:3500円

協賛:アンリュウ リコーダーギャラリー

チケット発売のeplusはこちら。東京公演eplus

              大阪公演eplus

夏休み中に
[PR]
by flauto_diritto | 2012-11-04 15:00 | Flauto diritto

ヴェラチーニのプログラムノート

小池耕平リコーダーリサイタル
イタリアの道 flauto diritto

   2012年
    東京公演 10月11日 19:00開演 東京オペラシティ「近江楽堂」
    大阪公演 11月4日 15:00開演 アンリュウリコーダーギャラリー「タケヤマホール」

作曲家別シリーズ 第5回
F.M.ヴェラチーニ Francesco Maria Veracini (1690 - 1768 )

プログラム

ソナタ 1番 へ長調 *
Sonata Prima *
Largo e nobile - Allegro - Largo - Allegro

ソナタ 9番 ト短調 *
Sonata Nona *
Cantabile - Andante - Adagio - Allegro ma affetuoso

ソナタ イ短調 (ブリュッセル手稿)
 ヴァイオリンソナタ集 作品1(1721年)より (18世紀前半のリコーダー用編曲版)
Sonata La minore : ms. Bruxelles
Overtura ( Largo - Allegro - Adagio ) - Allegro ( Larghetto, Allemanda ) -
" Paesana " ( Allegro ) - Largo - Giga ( Allegro, "Postiglione" )

  ~~~ 休憩 (20分) ~~~

ソナタ 10番 ニ短調 *
Sonata Decima *
Cantabile - Allegro - Cantabile - Allegro ma affetuoso

ソナタ 4番 変ロ長調 *
Sonata Quarta *
Largo e nobile - Larghetto - Largo - Allegro

ソナタ 3番 ニ短調 *
Sonata Terza *
Largo - Allegro - Largo - Allegro

 * ヴァイオリンまたはリコーダーと通奏低音のためのソナタ集(1716年)より
 * XII sonate a violino o flauto solo e basso : ms. Dresden 1716


 祖父や叔父もヴァイオリン奏者であったフランチェスコ=マリア・ヴェラチーニは幼い頃から叔父アントニオ・ヴェラチーニにヴァイオリンを習い共に演奏していた。また、オルガン奏者で作曲家のカジーニにも師事していた。1711年11月にはヴェネツィアに行き以降そこを活動の拠点とした( 21歳 )。1712年の2月にコンチェルトを自作自演し、春にはオラトリオを作曲するなど活発な活動を展開している。実際タルティーニ(ソナタ「悪魔のトリル」で有名)やロカテッリなど他のヴァイオリン奏者にも大きな影響を与えたヴェラチーニは、ヴァイオリンの名手としての側面が強調されている。しかしソナタやコンチェルトなどの器楽曲ばかり作曲していたのではなく、若い頃から声楽曲の作曲もしていたのである。

 多くのイタリア人音楽家がそうしたように、ヴェラチーニもロンドンで演奏活動をしている。最初は1714年、2回目は33年から38年、最後に41年から45年。最初の滞在時にはヴァイオリン演奏のみだったが、あと2回の長期滞在の時には演奏会だけではなく合計4つのオペラの作曲上演にも携わっている。ヴェラチーニのヴァイオリンはロンドンでは大変に好評だったようで、慈善演奏会、私的な小さな演奏会、オペラの幕間でのコンチェルト演奏など、とても頻繁な演奏活動を行っていた。

 1716年にヴェネツィアで浄書された「ヴァイオリンまたはリコーダーのための12のソナタ」は、ドレスデンのザクセン選帝候の王子フリードリヒ・アウグストに献呈されている。これはドレスデンの宮廷オーケストラへの就職活動の一環だったようで、ヴェラチーニは翌1717年に同楽団のメンバーとなっている。ドレスデンの “Grosse Cammer-Musique” ( 大室内楽団 )は当時のヨーロッパでも有数のオーケストラで、各国から集められた優秀な音楽家がそのメンバーとなっていた。ヴァイオリン奏者にはヴォリュミエ Volumier やピゼンデル Pisendel などそうそうたるメンバーがおり人員補充の必要はなかったにもかかわらずヴェラチーニが採用されたのは王子のおかげだと言えよう。1月にドレスデンに到着したヴェラチーニは当初は選帝候アウグスト強健王の個人的な音楽家として雇われ11月からヴァイオリン奏者として宮廷楽団に入っている。ここでヴェラチーニは大変に厚遇され、給料は楽長と同額で他の作曲家よりも高額。作曲作品に対しては別に対価が支払われ、イタリアに歌手採用のために派遣されたこともあった。
 1716年の12曲のソナタは全て四つの楽章で作られている。アルビノーニやヴィヴァルディなど同時代の他のヴェネツィアの作曲家のヴァイオリンソナタと同様に、重音奏法も少なくフーガのような対位法的な要素も見られない。重音が使われないのはリコーダーで演奏する可能性を前提にしていることによるかもしれない(6番のソナタで2カ所だけ重音が要求されている箇所があるのみ)。同じメロディーがそのまま繰り返されることが多いのが特徴で、ある一つの短い音形を何度も繰り返すところさえある。しかも、曲の後半に最初のメロディーが冒頭と同じ主調で再現されることが多いのがこの時代には珍しく、次の時代を先取りしたような様相さえある。曲によっては半音進行が特徴的に用いられている。

 ブリュッセルの個人蔵の18世紀の筆写譜にあるイ短調のソナタは、ヴェラチーニの作品1のヴァイオリンソナタ集からリコーダー用に編曲されたものである。作品1の1番のソナタからの第1、3、5楽章の間に、6番の第2楽章、7番の第4楽章が組み合わされている。このように別の曲からの楽章を組み合わせることは18世紀にはよくおこなわれていた。実際、作曲家が自作の楽章の組み替えをすることさえあり、たとえばヴェラチーニが自分の作品1の第1番の本来の第2楽章としたのは彼の1716年のソナタ集の第9番の第4楽章に少し手を加えて流用した同じ音楽である。
 イタリア人音楽家の初の出版作品であるソナタ集がフランス風序曲で開始されるのは国際派ヴァイオリン奏者ならではのことだ。第2楽章に使われたソナタ6番の2楽章はヴァイオリン用の原曲では Allemanda ( Larghetto )であるがこのリコーダー版では Allegro にされている。第3楽章パエザーナ Paesana はピエモンテ州トリノの南西にある小さな村の名前。第4楽章は1番の原曲ではフランス風の小さなメヌエットだが、かわりに7番のソナタから取られたいかにもイタリア風の緩徐楽章が置かれている。最終楽章のジーグには郵便馬車を駆る「馭者 postiglione 」の描写が繰り返しあらわれる。ポストホルンの音や鞭を振るうような音形が馬が駆ける様子を表す通奏低音の動きに乗って聴こえて来る。
 おそらくリコーダーにも音楽にもよく通じた人の手になる編曲で、リコーダーの苦手な音域を避けたり音域が足りない時に音形を変えたりと上手に処理している。しかし残念なことに、それが時折行き過ぎになっていることもある(第2楽章の特徴的なスラーの単純化や通奏低音の音形の大幅な変更、あるいは最終第5楽章の鞭打ちを描写する音形を全く変えてしまったこと、など)。今回の演奏にあたっては、元のヴァイオリン版に近づけるべく再編曲をおこなった。

 ヴェラチーニは、そのヴァイオリン演奏がロンドンなど各地で大好評で受容され様々な人から賞賛された反面、風変わりで嫌なやつだったという証言もいろいろと残されている。ドレスデン時代にはその雇用待遇もあって周囲から嫌われていたようで、同僚の喧嘩に巻き込まれて3階の窓から飛び降りて足に一生残る障害を負っている。1720年代にフィレンツェに戻っていた時期には「頭のおかしな奴」と呼ばれていたようだし、他の奏者の嫌がらせに高慢な態度で仕返しをした逸話も残されている。
 1745年以降フィレンツェに戻り最晩年に至るまでのヴェラチーニは教会音楽家として活動しヴァイオリン演奏も続けた。金銭よりも独立心を重んじたためにいくつかの高い地位を失ったとも伝えられている。時流に目もくれずに対位法の研究に熱中し、音楽理論書「実践上の音楽の凱旋」を著していることもそういった彼の気質を示している。3つ残されているヴァイオリンソナタ集だけとって見ても、後になるに従って対位法的な要素が濃くなっている。
 数カ国を股にかけて演奏活動をし、年を経るに従って作曲や理論にのめり込み、傲慢不遜で同業者たちに嫌われた天才的ヴァイオリニスト、と言うと現代にも同じような音楽家がたくさんいそうな気がする。性格はともかく、ヴェラチーニと同様に幅広い活動をしたヴァイオリン奏者は、同じ時代に他にも出て来ている(ジェミニアーニなど)。


ヴェラチーニ略歴
1690年2/1、フィレンツェに生まれる。
1711年12月以前にはヴェネツィア
1712年2/1、コンチェルト自作自演。ヴェネツィア
    春、オラトリオ「無実を証明された聖ニコライの凱旋」演奏、フィレンツェ。
    3/19ヴェネツィアでタルティーニがその演奏を聴いてショック受ける

1714年、1/23~12/24ロンドンで慈善演奏会とクイーンズ劇場でオペラの幕間のソリスト。
1715年、デュッセルドルフのライン・プファルツ選帝候の宮廷(ボンポルティのソナタ演奏。オラトリオ「紅海のモーセ」献呈)。
1716年7/26、ヴェネツィア「ヴァイオリンまたはリコーダーのための12のソナタ」

1717年1/25、ドレスデン到着。(当初は王子の個人的な雇用。11/25から宮廷に。)
1719年2月、ボローニャとヴェネツィア(歌手のスカウト)
1721年、「ヴァイオリンソナタ集Op.1」
1723年2月以前、ドレスデンを辞めてプラハ経由でフィレンツェ帰還。
        オラトリオの作曲、演奏を頻繁にする(たとえば1730年7/20~21、フィレンツェ出身の教皇クレメント12世を祝うミサ曲とテデウム)。

1733年4/9~27、ロンドンに移動。数多くの演奏会。
1735年11/26~、貴族オペラで初のオペラ作品「シリアのアドリアーノ」(20回)。
1737年4/12~23、第2作オペラ「皇帝ティトゥスの慈悲」(4回)
1738年3/14~6/6、第3作オペラ「パルテーニオ」
1738~39年、フィレンツェ帰還。
1741年2/28、再度ロンドン。ヘンデルの「アキスとガラテア」の幕間にコンチェルト演奏。
       頻繁にオペラの幕間や演奏会に登場
1744年1/31~、最後のオペラ「ロザリンダ」(10日間)
        「アカデミック・ソナタ集0p.2」 

1745年、フィレンツェに帰還(途中ドーヴァー海峡で事故)
1755年~、サン・パンクラツィオ教会の楽長
1758年~、サン・ミケーレ・アリ・アンティノーリ教会の楽長
1760年、音楽理論書「実践上の音楽の凱旋」
1765,66年、大公の宮廷でヴァイオリン演奏
1768年10/31、フィレンツェで没。


[PR]
by flauto_diritto | 2012-10-11 18:50 | Flauto diritto | Comments(0)

無伴奏リサイタル

小池耕平 無伴奏 リコーダー リサイタル
2012年3月22日 近江楽堂(東京オペラシティ3F)

a0012728_15201495.jpg


昨年8月の「リコーダーの午後 第3回」を拡大・リファインして、より多くの方に聴いていただくべく、近江楽堂で演奏いたします。

プログラムの骨子は同じですが、ファン・アイクの「笛の楽園」からの曲は5曲選ぶうちの2曲を変更、ブリュッヘン作曲のエチュードを追加します。
そして、ボワモルティエの組曲に使う楽器をビゼイからN.オトテールに変更、もしかしたらバッハを吹く楽器も昨夏とは変えるかもしれません。

会場が広くなった分、銅鑼も大きめに鳴らせると思います(笑)。大きめサイズ36インチのの銅鑼を借りることにしました。

チラシ記載のところでもチケット販売しておりますが、この記事のコメント欄からもご予約承ります。お名前と枚数、メールアドレス記載のうえ、必ず「非公開コメント」にチェックを入れてご投稿ください。

eplusでのチケット販売は終了しましたが、当日券もございます。
eplusチケット販売

曲目詳細決定しました。
[PR]
by flauto_diritto | 2012-03-22 19:00 | Flauto diritto | Comments(3)

イタリアの道(第3回・第4回)2010

a0012728_16374147.jpg

この秋のリサイタルは、「イタリアの道」なのに18世紀初頭のイギリスです。

10月26日はヘンデルです。
ヘンデルのリコーダーソナタをまとめて全部演奏するのは14年ぶりです。前回は1996年、その時にはソロソナタだけではなくトリオソナタ2曲(リコーダー2本のヘ長調とリコーダーとヴァイオリンのヘ長調)も同時にプログラムに乗せたのでした。
今回は、チェンバロのみの通奏低音で6曲のソロソナタです。
木下邦人製作の Stanesby Sr. モデル a'=402Hz を使います。

ちなみに、この日のお昼には同じ会場(近江楽堂)のランチタイムコンサートで同じ曲目を3曲ずつ2回に分けて演奏します(12:30~と13:30~)。これは入場無料ですが整理券が必要(11:45から配布)です。いつもかなりな行列になるようです。ランチタイムでは415Hzのリコーダー2本( Bressan モデルStanesby Sr. モデル) を使います。

また、11月25日にはロンドンでも同じプログラムを演奏してきます。チェンバロは王立音楽院などで教えているニコラス・パールです。

11月18日はバルサンティ。
モクモクと煙が出て虫が死んだりはいたしません、というのは大阪のリコーダー奏者藤田隆氏のネタでしたが・・・。
こちらにはチェンバロだけでなくヴィオラ・ダ・ガンバも入ります。
リコーダーソナタだけではなく、『スコットランド古歌曲集』から数曲抜粋して演奏します。

イタリア音楽とスコットランド音楽を行ったり来たりするプログラムです。

この
[PR]
by flauto_diritto | 2010-11-18 19:00 | Flauto diritto | Comments(13)

バルサンティのプログラムノート

Francesco Barsanti (1690–1772)
F.バルサンティ
 Complete Sonatas for a treble Recorder and Basso continuo
           &
   Selection from " A Collection of OLD SCOTS TUNES "

1 : " Dumbarton's Drums "
  「ダンバートンの太鼓」

2 : Sonata No. 1 in D minor
  リコーダーソナタ 第1番 ニ短調
   Adagio - ( alla breve ) - Grave - Allegro assai

3 : " Johnnie Faa "
  「ジョニー・ファー」

4 : Sonata No.2 C major
  リコーダーソナタ 第2番 ハ長調
   Adagio - Allegro - Largo - Presto

5 : " Lochaber "
  「ロッホアバー」

6 : Sonata No.3 in G minor
  リコーダーソナタ 第3番 ト短調
   Adagio - Allegro - Largo - Gavotta - Minuet

      ~~~ 休憩 ~~~

7 : Sonata No. 5 in F major
  リコーダーソナタ 第5番 ヘ長調
   Adagio - ( Allegro ) - Siciliana, Largo - Minuet

8 : " Thro' the Wood, Laddie "
   「森を抜けて、若者よ」

9 : Sonata No.4 in C minor
  リコーダーソナタ 第4番 ハ短調
   Adagio - Con spirito - Siciliana, Largo - Gavotta, Allegro

10 : " Kat Oggie "
   「キャサリン・オギー」


11 : Sonata No.6 in Bb major
  リコーダーソナタ 第6番 変ロ長調
   Adagio - Non tanto Allegro - Sostenuto - Allegro



    リコーダー:小池耕平
    チェンバロ:鴨川華子
    ヴィオラ・ダ・ガンバ:中野哲也

 使用楽器
  アルトリコーダー:木下邦人製作 Th. Stanesby Sr.モデル 1985年 黄楊材
           木下邦人製作 Bressan モデル 1996年 黒檀+象牙
  ソプラノリコーダー:譜久島譲製作 E Terton モデル 1999年 黄楊材
  テナーリコーダー:YAMAHA YRT61-415 2005年 サテンウッド+人工象牙



18世紀初頭のロンドンはその頃ヨーロッパ随一の音楽興行都市であった。イタリアオペラの上演も、ヨーロッパ大陸ではまだ一般的でなかった公開演奏会も多かった。また、楽器のレッスンを受ける音楽愛好家も多数、楽譜出版も盛んであった。その巨大な音楽市場に大陸の各国からたくさんの音楽家がやって来た。音楽家にとってロンドンは稼げる街だったのだ。17世紀にはフランス音楽への志向が強かったロンドンは18世紀に入るとすっかりイタリア趣味へと鞍替えしてしまい、あまたのイタリア人音楽家を呼び込むことになった。オペラ歌手がイタリア人でなければならないというばかりでなく、器楽の演奏会でも明らかにイタリア人とわかる名前の奏者でないと観客の入りが悪いほどであった。

1690年に北イタリアのルッカで生まれたバルサンティはパドヴァ大学を出た後に音楽の道に路線変更し、同郷のヴァイオリン奏者ジェミニアーニとともに、1714年にロンドンにやって来た。彼はロンドンのオペラ座でオーボエとフルート(リコーダーのこと)奏者として働いたと伝えられているが、その頃ロンドンに3つあったオペラ劇場のどこで働いていたのかはわかっていない(ヘンデルのイタリアオペラの第二オーボエだった可能性があるという指摘もある)。他に、1717年から35年の間はイタリアのボローニャの主席オーボエ奏者だったという記録もあったり、1735年に故郷ルッカでの祭典に参加したとの記録もあるが、不確実な情報である。ロンドンで1724年にリコーダーソナタ集、27年にはトラヴェルソソナタ集、28年にはジェミニアーニの作品1から編曲したものが出版されていることからも、ロンドン到来以後のイタリア帰還は考えにくい。ただ、各国を渡り歩いたオーボエ奏者ラ・リッシュや、イギリスとイタリアを何度も行き来したヴァイオリン奏者ヴェラチーニなどの例もあるので、もしかしたらバルサンティも旅する音楽家だったのかもしれない。彼のロンドンでの仕事はオペラのオーケストラだけではなく、当然のことながら、公開演奏会もリコーダーやトラヴェルソの個人レッスンもしていたことだろう。そしてそういった仕事がソナタ集の出版に繋がったと考えられる。ちなみに、当時の宣伝には、バルサンティのリコーダーソナタ集は有名な管楽器製作家ブレッサンのところで販売される、とある。

バルサンティのリコーダーのためのソロソナタ集は、それぞれに性格の異なる6つのソナタからできている。
第1番ニ短調は、八分音符で歩みを進める通奏低音の上に白玉の二分音符の旋律がのせられた第1楽章に二分の二拍子のフーガの第2楽章が続く典型的なイタリア風の教会ソナタ。第4楽章のジーグでは連続する八分音符につけられたスラーが逆向きなのが珍しい。
第2番ハ長調の第1楽章には細かく即興的なイタリア風装飾がつけられている。第3楽章はフランスのヴィオール音楽を思い起こさせるような書法。第4楽章は疾風怒濤様式のようにめまぐるしく気分が変わる。
第3番ト短調では第4楽章に古典派を先取りしたかのような変奏曲付きのガヴォット。そしてわびしく短いメヌエットで締めくくられるのがオシャレ。
第4番ハ短調(本日演奏の曲順は5番を先に4番をその後にいたします)の第1第2楽章は沈鬱さや重苦しさに支配されているが、後半の二つの楽章は軽い舞曲。
第5番ヘ長調はヘンデルを思わせるようなフランス風序曲のような鋭い付点音符の緩徐楽章と協奏曲的なフーガのセットに始まり、メランコリックさが印象的なシチリアーノとお気楽なテーマによるメヌエットの変奏曲。
第6番変ロ長調の第2楽章はバロック時代には珍しい「歌うアレグロ」。終楽章はダ・カーポ形式のメヌエット。
このようにざっと眺めてみても、同じ枠組みや似た形式で書かれたソナタはなく、また、曲ごとに調性が変わる上に、曲集としての全体のバランスもとれている。そして、各国の様式が混在しているのは国際都市ロンドンで仕事をしていた音楽家ならではのことだろう。

スコットランド歌曲を集めたW.トムソン編の「オルフェウス・カレドニウス」(「カレドニア」はスコットランドの古代ローマ名。つまり、"スコットランドのオルフェウス")が1725年にロンドンで出版され版を重ねてから、スコットランドやアイルランドのケルト音楽の出版が数多く見られるようになってくる。ジェミニアーニは1730年代に2回アイルランドのダブリンを訪問、スコットランドの作曲家J.オズワルドは1740年にロンドンに移住、そして1741年からのヘンデルのダブリンでの初めての演奏会シリーズ(メサイア初演を含む) など、音楽家の往来も盛んになる。

バルサンティは1735年(45歳頃)にエジンバラに移住。それ以前の史料の乏しさとは対照的に、エジンバラでのバルサンティに関しては大量の情報がある。スコットランド女性と結婚し、多くの貴族の庇護も得ている。エジンバラの音楽協会でヴァイオリン奏者として働き、またティンパニ(!)も演奏していたようだ。スコットランド移住の詳しい経緯はわからないが、流行していたスコットランド音楽に惹かれてのことというよりは、金銭的な魅力のためだったのかもしれない。協会は他にも多くの外国人音楽家を「マスター」として雇っていたが、バルサンティの給料は当初は大変に高額で他のマスターの2倍近くもあった。加えて、作曲や弦の供給に対しても支払いが行われている。協会のバックアップを受けたバルサンティは10曲からなるコンチェルトグロッソ集(1742)、9曲からなる序曲集(1743頃)そして28曲を集めた「スコットランド古歌曲集」(1742)を出版。オーケストラ作品には、当時としては珍しくティンパニーの活躍が特徴的なものやスコットランド音楽をイタリア風のコンチェルトやフランス風序曲に取り込んだものなど、他に見られない特徴が見られる。「歌曲集」は 通奏低音付きの独奏楽器のために編曲されていて、歌詞はオミットされている。収録された歌のうち21曲は「オルフェウス・カレドニウス」と重なり、数曲はオズワルドの曲集と重なっているが、1曲もしくは2曲はこのバルサンティの曲集が初出である。
ところが、1740年頃から協会の財政状況が悪化してきたらしく、バルサンティはどんどん減給されてしまい、ついには耐えられなくなったのか1743年にはティンパニを売り払って夫人と娘とともにロンドンに戻り、ヴォクソールガーデンの楽団のヴィオラ奏者になった。50歳を過ぎていた彼にはオーボエを吹くのがキツくなっていたのか、管楽器やヴァイオリンの席に空きがなかったのかは定かでない。
ロンドンでの一般的な外国人音楽家としてのありふれた活動内容に比べて、エジンバラでのバルサンティの成果は他に類を見ないものであある。今日のプログラムでは、その「スコットランド古歌曲集」から抜粋したものをソナタの合間に演奏する。

[PR]
by flauto_diritto | 2010-11-18 19:00 | Flauto diritto | Comments(0)

ヘンデルのプログラムノート

小池耕平リコーダーリサイタル
「イタリアの道」 第3回 ヘンデル:リコーダーソナタ全曲
  2010. 10.26. 火. 19:00. 近江楽堂

リコーダーと通奏低音のための6つのソナタ
6 Sonatas for a treble recorder and Basso continuo

1) Sonata G minor HWV 360
  ソナタ ト短調
Larghetto - Andante - Adagio - Presto

2) Sonata F major HWV 369
  ソナタ ヘ長調
Larghetto - Allegro - Siciliana - Allegro

3) Sonata D minor HWV 367a
  ソナタ ニ短調
Largo - Vivace - Presto - Adagio - Alla breve - Andante - A Tempo di Menuet


~~~~~ 休憩 ~~~~~

4) Sonata B♭ major HWV 377
  ソナタ 変ロ長調
( Allegro ) - Adagio - Allegro

5) Sonata C major HWV 365
  ソナタ ハ長調
Larghetto - Allegro - Larghetto - a tempo di Gavotto - Allegro

6) Sonata A minor HWV 362
  ソナタ イ短調
Andante - Allegro - Largo - Allegro

  リコーダー : 小池耕平 ( Stanesby Sr. c.1700年モデル 黒檀+象牙 木下邦人製作 1985年 長野県飯田市 )
  チェンバロ : 鴨川華子 ( J.-C. Goujon 1749年モデル 東京古典楽器センター2003年製作 )
  a' = 402Hz

  チェンバロ提供・調律 : 東京古典楽器センター



ヘンデル:リコーダー・ソナタ全6曲    三澤寿喜
 
 ヘンデルの作曲したリコーダー・ソナタは全6曲である。これらは以下の2群に分けることができる。

第1群(4曲)
 ト短調(HWV 360)
 イ短調(HWV 362)
 ハ長調(HWV 365)
 ヘ長調(HWV 369)

第2群(2曲)=通称「フィッツウィリアム・ソナタ」
 1番、変ロ長調(HWV 377)
 3番、ニ短調(HWV 367a)

成立
 これら6曲はいずれも1720年代中頃(1724~26年頃)に作曲されたものとされる。しかし、ヘンデルがどのような目的で、また、誰のために作曲したかは不明である。
 一般的な背景としては、イギリスにおけるリコーダー人気が考えられる。イギリスはルネサンス以来、リコーダー人気の高い国であったが、特に18世紀前半は最も大きく流行した時代である。その人気はいわゆる「フルート」を凌ぎ、当時、一般にflauto「フラウト」と言えばリコーダーを指し、「横型フルート」はtraverso「横型」と断ったほどである。
 6曲の直接的な成立事情についてはいくつかの推論が成り立つ。
 当時、ヘンデルのオペラ・オーケストラでオーボエ、ファゴット、リコーダー奏者を務めていたオランダ出身のジャン・クリスティアン・キッチ(?~1737)と言う人物がロンドンのヒックフォーズ・ルームで頻繁に演奏会を開催し、ヘンデルのアリアなどを編曲演奏しており、彼がそこでのオリジナル・レパートリーとして、ヘンデルにソナタの作曲を依頼した可能性がある。
 より高い可能性としては「教育目的」が考えられる。ヘンデルは遅くとも1723年には王室の音楽教師に任命されている。この時期から、ヘンデルはウェールズ皇太子(後のジョージ2世)の王女達や、ヘンデルの秘書兼写譜家のクリストファー・スミス(子)に通奏低音やフーガの作曲を教え始め、そのための特別の練習課題も作曲している(1725~26年頃作曲:現存)。しかし、この通奏低音課題は主旋律をもたず、あくまで数字の付いた低音のみの練習課題であった。そこで、独奏楽器を伴う、より実践的な通奏低音の練習用にこれらのソナタを作曲した可能性が考えられる。事実、1720年代中頃に、ヘンデルはリコーダーに限らず、ソロ・ソナタを集中的に作曲している。あるいは、通常の創作活動として完成させた作品を「教育目的」に二次使用した可能性も十分考えられる。
 「教育目的」の可能性を最も強く示唆しているのが第1群の4曲のリコーダー・ソナタ(HWV 360、362、365、369)である。ヘンデルは最初の自筆譜(=作曲時の自筆譜。消失)を完成して間もなく、きめ細かな数字付けを施した、しかも音符の整ったきれいな清書譜を別に作成している(HWV 365の第1フォリオ以外、現存)。通常、オリジナル譜完成後の清書譜作成は写譜家スミスの仕事であり、ヘンデル自ら清書譜を作成するのは異例のことである。これは当時まだ15,6才の愛弟子、アン王女に対するヘンデルの優しい心遣いであったと思われる。ヘンデルは王女の中でも長女のアンを「王女の中の華」と呼び、ことのほか可愛がっていた。奇しくも二人はともに1759年に亡くなるが、生涯、良き友人であり続け、アンの結婚の際には《アン王女のための結婚アンセム》(1734年)を作曲して門出を祝い、アンがロンドンを離れた後も書簡によりレッスンを継続した。彼女は極めて優秀なコンティヌオ奏者であったらしい。有名なカストラート歌手ファリネッリが王室を表敬訪問し、ヘンデルのアリアをアンとファリネッリが初見演奏した際、ファリネッリが途中で挫折したのに対して、アンは見事に最後まで弾き切ったとのことである。
 
真作性と楽器指定
 ヴァイオリンやフルートなどヘンデルの他の独奏楽器用ソナタにおいてはしばしば楽器指定の曖昧さや、真作性そのものが問題となる。しかし、以下のとおり、リコーダー・ソナタ6曲はそのような問題とは無縁である。  
 6曲のリコーダー・ソナタは自筆譜が現存し、真作性は明白である。第1群のソナタの清書譜にはヘンデルの筆で"Sonata a Flauto e Cembalo"「フラウト(=リコーダー)とチェンバロのためのソナタ」と明記されている(HWV 365だけは、清書譜の第1フォリオが消失しており、表題が不明であるが、恐らく他の3曲と同様の表題が記されていたと推測される)。
また、第2群の2曲については自筆譜に楽器指示はないが、筆写譜のひとつに"Sonata a Flauto e Cembalo"と記されたものがあることと、音域から、リコーダーが意図されていることは間違いないと思われる(1点ヘ音~3点二音:特に下限が他の独奏楽器に対して特徴的)。
 コンティヌオとしては、"Sonata a Flauto e Cembalo"という表題が示すとおり、本演奏会におけるようなチェンバロのみの使用が妥当である。

作品の魅力
ヘンデルの劇場作品において、リコーダーは「心地よい森」「清らかな泉」「さえずる小鳥」「眠り」等、穏やかな場面で使用される(極めて例外的で、印象的な使用例は、オラトリオ《サウル》における「葬送行進曲」)。しかし、ひとたびソナタとなれば、ヘンデルのリコーダーの扱いははるかに大胆で、挑戦的である。彼はこの楽器のもつ音色や技巧の特性を最大限に生かし、多様な性格の楽章を組合せ、変化に富む魅力的なソナタを作り上げている。それはあたかも、オペラにおけるあらゆる場面(愛、歓喜、苦悩、憂愁、悲嘆、絶望、憎悪、怒りの場面)をリコーダー1本で演じきっているかのようである。その表現力の幅広さ、深さ、激烈さこそ、ヘンデル作品を一貫する魅力である。「教育目的」であったとしても、これら6曲に「教育臭さ」は微塵もない。それどころかここに展開される独奏楽器とコンティヌオの熱い格闘は、まさに第一級の室内楽作品の証しである。

各曲について
第1群
ト短調(HWV 360):1725/26年頃作曲。ラルゲット、アンダンテ、アダージョ、プレストの4楽章の教会ソナタであるが、第4楽章ばかりでなく、第2楽章も舞曲を連想させる要素をもつ。
イ短調(HWV 362):1725/26年頃作曲。アンダンテ、アレグロ、ラルゴ、アレグロの4楽章の教会ソナタである。第2楽章には明らかに鍵盤楽器の語法(アルベルティ・バス)が使用されている。
ハ長調(HWV 365):1725/26年頃作曲。(速度指示なし:ラルゲット?)、アレグロ、ラルゲット、ア・テンポ・ディ・ガヴォット、アレグロの5楽章。教会ソナタにガヴォットが加わった、室内ソナタとの融合型。
ヘ長調(HW V369): 1725/26年頃作曲。ラルゲット、アレグロ、シチリアーノ、アレグロの4楽章。融合型。このソナタはのちにヘンデル自身によって編曲され、オルガン協奏曲となっている(作品4、第5番、HWV 293)。

第2群:「フィッツウィリアム・ソナタ」2曲
この2曲はイギリスの音楽学者Th.ダートが1948年にケンブリッジのフィッツウィリアム博物館で発見したものである。彼はまず、変ロ長調(HWV 377)を第1番とした。次に、本来7楽章構成であったニ短調(HWV 367a)の最初の5楽章までを第3番とし、残りの2楽章をまったく関係のない他の楽章と一緒にして1曲のソナタに仕立て上げ、第2番とした。現在では第2番を除外して、第1番と第3番(本来の7楽章構成のもの)の2曲が真正な作品と認められている。

変ロ長調(HWV 377)「フィッツウィリアム・ソナタ」第1番:1724/25年頃作曲。(速度指示なし:アレグロ?)、アダージョ、アレグロ。珍しい急―緩―急のイタリア型の3楽章構成。
ニ短調(HWV 367a)「フィッツウィリアム・ソナタ」第3番:1724/25年頃作曲。ラルゴ、ヴィヴァーチェ、プレスト、アダージョ、アッラ・ブレーヴェ、アンダンテ、ア・テンポ・ディ・メヌエットの7楽章。融合型。第2楽章ヴィヴァーチェ(3/2拍子)はホーン・パイプ。第5楽章アッラ・ブレーヴェは堅固なフーガで全曲の頂点。ダートがこれを終曲としようとした意図は十分理解できる。しかし、それはベートーヴェン以降の楽曲構成法(クラマックス・フィナーレ)に慣らされた現代人の陥り易い誤謬である。ヘンデルには、充実した快速楽章の後に簡潔で優雅な舞曲を置き、心を鎮めて作品を閉じる作品は数えきれない。これもまた「時代様式」なのである。

使用楽器について      木下邦人
Th. ステインズビィ Sr. (Thomas Stanesby Senior, 1691-1728)、リコーダーのストラディヴァリ。他のヨーロッパ大陸諸都市のリコーダーがこのような称号で呼ばれることはありません。なぜロンドンの、しかもステインズビィ Sr. なのでしょうか。そう、まず第一に、リコーダーの中のリコーダーとも言うべき気品際立つ造形。そして、人の声を想わせる美しい音色と豊かな表現力。また、吹く人聴く人全てが感じるであろう、リコーダーという楽器そのものの充足と悦び。それらはイギリスの土壌が生んだリコーダーの特徴であり、特別に初期のステインズビィ Sr. が保持しているリコーダーの王道なのです。
本日使用の Sr. リコーダーは、まさしくその初期、1700年頃に作られたボックスウッド製(アムステルダム、F. ブリュッヘン蔵)a’=402hz を基本設計とし、ロンドン・ホー二マン博物館蔵の黒檀製象牙マウント付きのスタイルを採用して、1985年に製作されました。特異な材質によるその特性は、ボックスウッド製に比較して、引き締まった濃密な音色感と力強い表現力に富み、とでも申しましょうか。
ヴァイオリンがそうであるように、木管楽器も長い歳月という時間を経て熟成されてゆくものです。さて、あまり吹かれることなく二十余年、最もふさわしい演奏者に渡ったという幸運。眠りから覚めたこのTh. ステインズビィ Sr. は、どのようなロンドンを演じてくれることでしょうか。        

 

ついでに
[PR]
by flauto_diritto | 2010-10-26 19:00 | Flauto diritto | Comments(0)