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ズィーバーのプログラムノート(全文)井上亨

ズィーバーという作曲家を知ってますか?    井上 亨

ズィーバーという名前を聞いてピンとくる古楽ファンはどれだけいるでしょう?いや、ファンに限らず、音楽家を含めてもどうでしょう?このほとんど知られていない作曲家は6曲からなるリコーダーソナタ集を残しており、さらに当時の作曲家に大きな影響を残した可能性があるのです。

▶︎WHO IS SIEBER?
イグナツィオ・ズィーバー(Ignazio Sieber, 1680-1761)はバロック時代後期にイタリアで活動した作曲家という以外、その生涯について詳しいことはわかっていません。そもそも名前の読み方も「ジーバー」「ズィーバー」と書かれますがそのように呼ばれていたかさえわかりません。イタリアで活動していたこと、さらにイタリアに残る記録ではイタリア風にSiberと記載されることが多いことも考えると「イニャンツィオ・シーベール(シベール)」と呼ばれていた可能性の方が高いかもしれませんが、ここでは従来のゲルマン風な読みの「ズィーバー」で紹介したいと思います。

ヴァルターの1732年の音楽目録には
「ズィーバーはローマの音楽家で、6曲のリコーダーソナタをガリアルドのソナタと共にアムステルダムで出版した」
Johann Gottfried Walther: Musicalisches Lexicon, 1732, p.568
と記されています。

またゲルバーの作曲家列伝目録には
「1725年頃にローマに住んでいたドイツ人の作曲家。6曲のフルートソロ曲を作りアムステルダムで出版した」
Ernst Ludwig Gerber: Historisch-biographisches Lexicon der Tonkuenstler Bd.2, 1792, p.512
と記されています。

また、ヴィヴァルディが音楽監督を務めたことで知られるヴェネツィアのピエタ慈善院付属音楽院(以下 ピエタ音楽院)の記録からは、ズィーバーという名前の人物が1713年から1715年にかけてオーボエ教師、1728年から1730年と、1750年から1757年にかけてバロックフルート教師をしていたことがわかっています。ヴィヴァルディがピエタ音楽院において1703年からヴァイオリン教師、1716年から音楽監督であったことを思えば、ここに記載されているズィーバーがリコーダーソナタの作曲者と同一人物とするなら**一時期ヴェネツィアでヴィヴァルディの同僚として働いていたことになります。 **

後で述べるようにズィーバーのリコーダーソナタにはナポリ楽派的な部分もあれば、住んでいたというローマ、教師をしていたらしいヴェネツィアとイタリア各地の要素が見られます。そこでズィーバーのソナタが出版された時期、さらに同一人物とみられる演奏家のズィーバーがヴェネツィアに教師をした時期、さらに伝記資料にローマに住んでいたと記録されていることを考慮して、1710年から1730年までのイタリア各地の音楽事情を簡単にみておきましょう。

▶︎イタリアの音楽状況

●ナポリ
ナポリはオペラの発展に大きな役割を果たしました。現在ではナポリ楽派という名称を残し、アレッサンドロ・スカルラッティ(チェンバロ作品で有名なドメニコの父)を先人に多くのオペラ作品で成功作を生み出します。音楽的には華麗であり、転調が多く、ナポリの6度と呼ばれる和音も特徴です。
スカルラッティはナポリとスウェーデンの宮廷において長く楽長を務めますが、音楽自体は特に晩年(1710年)以降はナポリよりローマで好まれ、オペラはローマで多く上演され、人気が高く、当地の音楽に影響を与えることになります。

リコーダー作品では、スカルラッティがなくなるまでナポリ宮廷の副楽長に甘んじることになるフランチェスコ・マンチーニのリコーダーソナタ集(1724年ロンドン出版)がありナポリ楽派としてのメロディーの多彩さ、抒情性、転調による変化の激しさやフレーズのやや過剰な繰り返しを見ることができます。ズィーバーの作品にも転調やフレーズの繰り返しに類似したものを見ることができます。他にこのマンチーニの作品を中心として、レオナルド・ヴィンチ、レオナルド・レーオ、ドメニコ・サッリ、スカルラッティの作品で編まれた24曲からなるリコーダー協奏曲集(編成はリコーダー、2本のヴァイオリンと通奏低音)が知られています。

●ローマ

ローマは器楽においてまさにアルカンジェロ・コレッリの影響が大きかった土地といえます(ローマだけでなくこの時期のイタリア全体、ヨーロッパ全体に影響を与えたといってもよいでしょう)。コレッリは1713年に亡くなりますが、1700年に出版されたヴァイオリンソナタ集と没後1714年に出版された合奏協奏曲集の影響力は大きく、18世紀後半まで何度も再版が繰り返されヨーロッパ全体で売れ続け、様々な作曲家がメロディに装飾を施し記録したものや編曲したものなどが多く残ります。

バロック音楽といえば装飾的な旋律、それも特にイタリアでは華麗なイメージがありますが、コレッリの音楽の特徴はシンプルであることに尽きます。メロディを歌わせる時も、躍動的に動かす時も、そしてそれに寄り添う伴奏もすべてが最低限の音で作られていて、それでいながら美しさと強靭な芯の強さを感じさせます。ヴァイオリン曲であっても音域がそれほど広くなく派手でなく、しかし美しく、だからこそ当時すぐにヴァイオリンソナタはリコーダー用を含め様々な楽器への編曲が出版されました。ズィーバーのソナタのシンプルな旋律やヴァイオリン的な上下に広がりつつ繰り返される音形にはコレッリ風のところが見られます。ただ、この影響は、コレッリの後にヴァイオリニスト、作曲家として成功した(しかし正直、シンプルさは似ててもいささか単純、凡庸な面がある)ジュゼッペ・ヴァレンティーニからの可能性もあります。まさにズィーバーがリコーダーソナタ集をアムステルダムのロジェ出版から出す前後に、ヴァレンティーニのすでに出版されて成功していた器楽作品をロジェは再版しているのです。ズィーバーがヴェネツィア以外にローマとも音楽家として密接であったとするなら、同時代的な影響は受けやすかったかもしれません。

●ヴェネツィア

ヴェネツィアはナポリ楽派のあとを襲うことになるヴェネツィア楽派の地であり、その中心人物が(後世いかに、どの作品も似ていると誹られようとも)アントニオ・ヴィヴァルディであり、この地の音楽がその才能と多作に負っていることは間違いありません。ヴィヴァルディ自身は、ピエタ音楽院のヴァイオリン教師に始まり、後年、音楽監督になる数年前から音楽院のための作曲をすべて請け負うことになります。ズィーバーのリコーダーソナタが出版される頃には、弟子として訪れてきていたピゼンデルのためにヴァイオリン協奏曲やソナタを書いています。

ヴェネツィア楽派の音楽の特徴は今までに述べてきたナポリやローマの音楽のいいとこ取りのようと言ってよいかもしれません。様々に展開するメロディ、躍動的な音型、イタリア的な明るさ、叙情的な歌、すべてを取り込み、たくさんの作品を書き続けた代表がヴィヴァルディといえます。
同地にはベネデット・マルチェッロ、トマゾ・ジョヴァンニ・アルビノーニ、フランチェスコ・マリア・ヴェラチーニと言った人々が同時代に活躍し器楽作品を残しています。前の二者は貴族であり公務を持つ兼業作曲家ですが、マルチェッロは1712年にリコーダーソナタ集作品2をヴェネツィアで出版しており、これは当然ズィーバーの目に触れているでしょう。アルビノーニは1716年にオーボエ協奏曲集を出版しています。ヴェラチーニは1716年に最初の作品集となるヴァイオリンまたはリコーダーと通奏低音のための12のソナタ集を書くことになります。そしてこれらの作品は作曲家、演奏家としてのズィーバーに関わっていることが明らかになります。

▶︎ズィーバーのリコーダーソナタ集

リコーダーソナタの作曲者であるズィーバーが、ピエタ音楽院で教師として活動したズィーバーと同一人物かどうかをここまで曖昧に、同一人物だったとしたら、という仮定のもと話をしてきました。実際に同一人物かどうかは、その作品と出版時期からある程度推測できます。ここでは、ズィーバーのリコーダーソナタがどのような特徴を持っているのかをみてみましょう。
ズィーバーの作品が含まれるリコーダーソナタ集は1716年から1717年にかけてアムステルダムで出版され、前半6曲がヨハン・エルンスト・ガリアルド(Johann Ernst Galliard, 1680-1749)、後半6曲がズィーバーによる計12曲の構成となっています。

正式な表題は

「フルートと通奏低音のための12のソナタ。
前半6曲はガリアルド氏作曲の作品1、後半6曲はローマのズィーバー氏による。
アムステルダム、ジャンヌ・ロジェ出版 No.430」
"XII SONATES a une Flute & Basse Continue, Dont les 6 Premieres sont de la Composition de Monsieur GALLIARD, qui font son OPERA PRIMA & les 6 Dernieres de cells de Monsieur Sieber demeurant a Rome. A AMSTERDAM CHEZ JEANNE ROGER No.430"

この当時、ソナタ集は6曲または12曲のセットで出版されることが多かったのですが、2人の作曲家の作品を6曲ずつ合わせて12曲セットとして出版するというのは珍しいといえます。
ズィーバーの6曲のソナタは、いずれも緩急緩急の4楽章形式からなっており、急である第2、第4楽章はすべてアレグロと指定されています。
緩徐楽章は、第1、2番はラルゴだけ、第3、4番ではアダージョが主になり、第5、6番ではアンダンテやカンタービレという第1〜4番にはなかった指示がでてきます。そして第1、2番(その他に例外的に第4番の最終楽章)は速度表示以外にPreludio、Corrente、Ceciliana、Capricio、Sarabande、Allemanda、Gigaと、イタリア語の舞曲名が指示されていることが特徴的です。

このように見ると2曲ずつの3つのセットからできていると考えることができます。
調性でみると、第1、3、5番が調号のないイ短調、ハ長調、ハ長調、第2、4、6番がフラット2つのト短調と調性はかなり限られており、この点でも2曲ずつという見方も可能です。
冒頭の2曲、第1番と第2番のソナタはヴィヴァルディの作品を様々取り入れた作品ではないかと見られています。

第1番イ短調の第1楽章は、ヴィヴァルディの1711年に作品2として出版されたヴァイオリンソナタ集の第3番の第1楽章と同じモチーフからできています。しかし、ヴァイオリン的な音域の広さをリコーダーに合わせるためのオクターブの変化や、細かなモチーフの追加により、原曲と同じであると気付きにくくなっています。最終楽章は弦楽のための協奏曲(RV127)をベースとしていると見られています。
第2番ト短調も、作品2のヴァイオリンソナタ、弦楽のための協奏曲(RV143)、さらにスターバトマーテル(RV621)からの引用を使った作品ではないかと見られています。しかし第1番同様、そのままメロディーを使うのではなく、楽器に合わせて変形がされています。
第5番ハ長調はフランチェスコ・マリア・ヴェラチーニの手稿譜として残る「ヴァイオリンまたはリコーダーと通奏低音のためのソナタ集」(1716)の第5番と同一の内容です。
この作品はズィーバーが原曲なのか、ヴェラチーニの作品をズィーバーが借用したのかの判断は難しいところがあります。ズィーバーの作品の方がヴェラチーニよりも装飾が細かく、前者では単純な音形のフレーズの繰り返しになっているところが、後者では変化をもたせるようになっていること、さらに第3楽章が3/4拍子から3/2拍子へと音価が倍に伸ばされバスラインが滑らかな形へと変形され、さらに曲全体が伸ばされている点ではヴェラチーニが借用したように見えます。一方で、ズィーバーの他のソナタではでてこないCantabileという曲想の表現がヴェラチーニのソナタ集ではしばしば見られること、この曲に限ってフォルテとピアノという強弱表現が見られること(これもヴェラチーニのソナタ集ではよく見られる)。ヴェラチーニのソナタ集に見られる特徴(曲の構成やメロディの転調など)が、やはりズィーバーのこの第5番にだけ見られる、という点ではズィーバーが借用したように見えます。
ズィーバーのこのソナタ集が6曲しかないために、似た曲想や楽章の重複が少なく、どちらがどちらを借用したのかを断定するには材料不足気味です。

これらの曲を含め、ズィーバーの6曲のソナタ全体を見渡すと、基本的には、ヴィヴァルディ的な部分とコレッリ的な部分がモザイクのように組み合わさっているように感じられます。
冒頭の第1楽章が緩徐楽章として抒情的に始まるところはヴィヴァルディ風、第4番や第6番の第2、第4楽章の急速楽章においてはヴィヴァルディのヴァイオリンソナタに見られるような速い細かな繰り返されるフレーズをうまくリコーダーの音域にはめ込んだ形が見られますが、同様の速いフレーズが続く場合であっても第3番の急速楽章はよりバリエーションがついてシンプルながら多彩なコレッリ風といえますし、第3番の第1楽章はまさにコレッリのヴァイオリンソナタの冒頭を彷彿とさせます。3拍子で書かれた緩徐楽章もとてもコレッリのヴァイオリンソナタの緩徐楽章に似た作風に感じられます。
その他にも、第2番の第2楽章のコレンテでのやや執拗なフレーズの繰り返しや、第4番の第3楽章の転調とナポリの6度の使用、第5番の第2、4楽章で見られるような転調を繰り返していき、どこかへ行くかのように見せてきっちり戻ってくるところにはナポリ楽派的な香りもします。

このように見ていくと、様々な作曲家のメロディと当時のイタリアの音楽のトレンドを取り込み、消化して、一種のアラカルトのようなソナタ集になっていることに気付きます。気に入った旋律は取り込んで自分の演奏する楽器のための曲を作っていった結果がこのソナタ集だったといえそうです。
そして、それが(原曲の存在いかんに関わらず)技術的に高難度で展開されるのが、ズィーバーのソナタ集の特徴であり、リコーダー奏者にとってはチャレンジしがいのあるタフな曲集にもなっている、ということができるでしょう。

技術的な難度と曲としての演奏効果が最大限の効果を上げているかどうかは微妙なところですが、曲作りの器用さはズィーバーが演奏家としても各地に住み、音楽家と交流し、作品にも触れたことによって得た技術だったのではないでしょうか。そのように考えると、作曲家ズィーバーとヴェネツィアの記録に残るオーボエやフルート教師をしていたズィーバーは同じ人物であり、ローマやヴェネツィアを中心に音楽家として活躍していたと見てよいのではないでしょうか。

▶︎ズィーバーの影響

ズィーバーの作品には、様々な様式が組み込まれていると同時に、同時代に活躍した作曲家の作品からの借用やメロディの引用があることを述べました。その背景がイタリア各地での音楽家たちとの交流にあったのではないかという点に注目してみると、演奏家としてのズィーバーはヴェネツィアにおいて作曲家により大きな影響を残したのかもしれません。

冒頭にも述べたようにズィーバーとヴィヴァルディは1713年から1715年にかけてオーボエ教師とヴァイオリン教師としてピエタ音楽院の同僚でした。ピエタ音楽院に初めてオーボエ教師が赴任したのは1704年ですが、その後しばらく空席が続き、ズィーバーの赴任は久しぶりのものだったようです。ヴィヴァルディが初めてのオーボエ協奏曲2曲が含まれた作品7を出版したのが1716年だったことを考えると、この作品の作曲のきっかけ、さらに技術的な相談やソリストとしてズィーバーが関わった可能性はないでしょうか。ほぼ同時期にアルビノーニのオーボエ協奏曲集作品7が書かれていることも何か関係があったのではないでしょうか。ヴィヴァルディは1716年から1717年にかけてヴァイオリニストのピゼンデルが弟子となるためヴェネツィアに来た時に、ピゼンデルのために多くの作品を残しています。この行動からいっても、ヴィヴァルディがオーボエのための作品を初めて書いたというのはズィーバーが教師としてヴェネツィアに来たおかげと考えてもよさそうです。

オーボエ作品だけでなく、ヴェネツィアにおけるバロックフルート作品のお披露目という点でも、同様のつながりを見つけることができます。
ヴェネツィアにおいて最初のバロックフルートを使った曲とされているのは、アルビノーニが1724年に作曲したセレナータ「Il nome glorious in terra, dentifrice to in cielo」の中のアリアのオブリガードパートと言われています。次いでヴィヴァルディは1726年にオペラ「狂えるオルランド」でヴェネツィアで発表した作品としては初めてバロックフルートを使い、1728年には「海の嵐」「夜」「ごしきひわ」などを含む有名なフルート協奏曲集作品10を出版します。この年はピエタ音楽院に初めてのバロックフルート教師ととしてズィーバーが戻ってきた年なのです。

そもそも、この協奏曲集の中の幾つかの作品はリコーダーやバロックフルートなどをソリストとした室内協奏曲が原曲として存在します。それらを元にバロックフルート用に加筆編曲したものなどを6曲集めて出版したのが作品10のフルート協奏曲集です。室内協奏曲版は1710年台後半に書かれたと思われ、ヴィヴァルディとズィーバーが最初にヴェネツィアで同僚として働いた時期を考えると、まだイタリアでは人気のなかったバロックフルートを室内協奏曲に使うというアイディアが生まれたのはバロックフルートも演奏したズィーバーをヴィヴァルディが知ったためと考えることはできないでしょうか?まだヴィヴァルディにとっても馴染みの薄い楽器へのチャレンジを促した結果が室内協奏曲だったのではないでしょうか?
それから10年近くが過ぎ、バロックフルート人気がイタリアにも波及し、曲の需要が増した時、ヴェネツィアにズィーバーという奏者が戻ってきたこと、そこでロジェ出版において楽譜出版を契約する時に、バロックフルートを堂々たるソロ楽器とした協奏曲集を編むというアイディアがヴィヴァルディに起きたとしても不思議ではないのではないでしょうか?
さらに想像を逞しくするなら、フランスからイタリア北部へとバロックフルートの人気が伝わる中、ヴェネツィアにその奏法、技術を持ち込むために呼ばれたのがズィーバーだったと考えるのは無理でしょうか。

ズィーバーという作曲家の作品はリコーダーソナタ集の他、わずかな作品しか現存しておらず、当時どれほど活躍し有名であったかは、残った記録を見る限りあまりパッとしないものだったようにみえます。多様な様式とメロディを取り込んだリコーダーソナタ集を見る限り作曲家はややオリジナリティが足らないような、という面は見せていても、上で述べたような歴史的事実からの推測が真実なら、**奏者としては、ヴェネツィアにおけるオーボエやフルートの使用に大きな役割を果たし、協奏曲の創作に大きな影響を残し、名曲が作られる契機となったすばらしく重要な人物だったのではないでしょうか。 **

なんてズィーバーってすごいんでしょう!
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by flauto_diritto | 2016-04-05 21:00 | Comments(0)

Live in IKI-BA「リコーダーとギターの夜@粋場」

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今年何度かやってる、リコーダーとギターによるライヴを、原宿の「粋場」で行います。
基本的なプログラムは今までと同じですが、いくつか新しい曲と入れ替えます。

Live in IKI-BA「リコーダーとギターの夜@粋場」

みなさんよくご存知のリコーダー。
小学生が吹く笛ね、という方も、バロック音楽には欠かせない楽器だよなあ、という方もいらっしゃるでしょう。
よく知っているようでいてきちんと聴いたことがない楽器リコーダー。
今回はそのリコーダーの様々な側面をお聴きいただけるように、クラシックギターとともに古今東西のいろんな音楽を演奏いたします。
グラスを片手にくつろいでお楽しみください。

10月29日(木)19:10開演(終演20:50)
3,000円(1ドリンク込み)

演奏者
リコーダー:小池耕平/ギター:畑内浩

曲目(予定)
バッハ《G線上のアリア》
デュアート《イギリス組曲》
プジョール《ブエノスアイレス組曲》
マシャド《ブラジル大衆音楽》
野田暉行《こきりこ変奏曲》  などなど

会場 粋場 http://iki-ba.jp/ (原宿駅から徒歩七分 東京都渋谷区神宮前3丁目21-17)
電話:03-6447-2457

【ご予約・お問い合わせ】
IKI-BA 電話03-6447-2457(11:30-22:30・月曜定休
小池耕平 メール flauto_diritto@excite.co.jp もしくはこの記事のコメント欄で「非公開コメント」のチェックボックスにチェック☑️を入れてお名前・人数・メールアドレスを投稿してください。
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by flauto_diritto | 2015-10-29 19:10 | Comments(0)

ヘンデルハウス

ヘンデルハウス演奏会当日。リハーサルは3時からなので午前中は買い物に行き、一旦ホテルに戻って着替えてから再度出かける。
ヘンデルハウスにほど近い高級専門店などが密集する高級な街メイフェアで、安っ~いお昼ご飯。
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あまりにもテラス席を大きく設定したために露店のように見えるこの店は、この界隈では一番の繁盛店で、隣近所には空席があってもここだけはいつも満席。呼び込みのお兄さんやウェイターやウェイトレスの威勢の良い(多少強引な)きびきびとした働きだけのせいではなく、「安くて」「美味い」のだ。
写真のラザニアとスパークリングウォーターで6.5ポンド。まあ900円弱。テイクアウトの客も多く店内はごった返しているがオペレーションはきちんとしていて、待たされたり物が来なかったりすることは無い。

で、ぶらぶら歩いて会場に向かう途中にはダンヒルの本店もあります。
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中にはカフェもあり、理容室もある。一度ここで散髪してもらいたいものですが、畏れ多いです。

で、ヘンデルハウス到着。 大通りボンドストリートにほど近い、ちょっと入った裏手にあります。わかりにくい場所です。
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普通のお客さんたちは薄暗い部屋でこんな肖像画とかを見て過ごすんですが(本当は写真撮影不可です!)
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今回は、普通のお客さんが入れない場所へ
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この「staff only」の階段を上がって4階まで行くんですが、しかし床の歪みがすごいですね。明らかに壁面と斜めになってる。
古めかしい階段を上ってたどりつくのは、近代的なオフィス。。。
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事務のおねえさんたちは、え!?この部屋の写真撮るの?ってびっくりしてました。このヘンデルハウスにはギタリストのジミヘン(ジミ・ヘンドリックス)が住んでいたことでも有名で、現在スタッフの事務室になっているこの部屋がジミヘンのベッドルームだったそうです。それに関する写真展とかもやってたみたいです。
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その事務室入り口の脇のひと一人がかろうじて通れるような狭くてこれまたひどく歪んだ階段を上ると
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演奏者控え室、最上階というよりは屋根裏部屋、ヘンデルの召使いの部屋だったところだそうですが、きれいに現代化されています。トイレも流しもあって普段はスタッフの休憩室としても使われています。

会場は、ヘンデルが歌手とのリハーサルをしていたという2階の部屋。定員30人!天井の照明など無いのでこんなに真っ暗です。スタンドの明かりと譜面台のピンポイント照明がたより。チェンバロのニックが調律しています。
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それにしても、上下の階での昔の再現的たたずまいと現代的でスマートな部屋のギャップがすごいなあ。
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by flauto_diritto | 2010-11-25 18:30 | Comments(0)

SMWS試飲会

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スコッチ・モルト・ウイスキー・ソサエティの試飲会でした。

汐留のパークホテルのバーにて。ご近所のバー店主と共に夕方5時から。
秋のボトリング全種類、一気に14種類平行試飲。

あれこれ感想を言い合いながら試飲。しばらくすると、よその試飲会でよくお会いする方々も何人か試飲しに来ていらっしゃる。


今回はシェリー樽熟成が多かった。秋だからでしょうか。
久しぶりに美味しいマッカラン飲んだなあ。苦味が感じられるほどの濃厚なシェリー樽熟成。
他もシェリー系は秀逸だった。7年熟成とは思えないアラン(安いし!)とか、スモーキーで濃いシェリーのグレンスコシアとか。グレンモーレンジはバーボン系もシェリー系も良かった。アイラ系は4種類、カリラがまあまあだったが、残念ながらどれもありきたりな感じ。

試飲会当日の特典割引に釣られて2種類予約してしまいました。
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by flauto_diritto | 2010-09-13 17:00 | Comments(0)

Tres Bon

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日芸の近くの喫茶店にて、珈琲飲みながら事務仕事。

20年も前から通っているお気に入りの店。

ここのデミタスは大変に美味しい。
通常のブレンドはネルドリップで大量に淹れておいてあるものを温め直して出てくるのだが、デミタスは注文を受けてから秤で豆を計ってミルで挽いて細く糸引くようなお湯でネルドリップ。それが通常ブレンドより50円高いだけなんです。

この店のBGMの定番はヘンデルの合奏協奏曲とムフアットの合奏協奏曲。20年前からずっと。
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by flauto_diritto | 2010-09-13 14:21 | Comments(0)

エスプレッソ

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この店のエスプレッソは大変美味しい。

パン屋なのに。


こないだ、初めて来たお客さんが何か食べるもの頼むつもりで店主にオススメを訊いたら、「うちの一番のオススメは食後にエスプレッソ飲んでもらうことです」という返事。


周りの常連さん達は「何食べても美味しいよ!」と言っていたが、店主の一番の自信はエスプレッソにあるようだった。

いや、本当にエスプレッソ美味しい。
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by flauto_diritto | 2010-09-02 14:15 | Comments(0)

今回の旅のお供

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福島県に来ています。

ここ1〜2年の旅のお供はこのウイスキー。ちょっと前にオークションで手に入れたプリンス・ウイスキー。プリンスホテルのオリジナルブレンドウイスキー。
1983Winterの記載がある木箱にこれが12本入っていました。一本187.5mlのクォーターサイズなので合計で750のフルボトル3本分。もちろん特級表示。旅行や出張のときに持って行くのに最適なサイズ。しかし、今回のこれが最後の一本。

香りにはピートが強くスパイシーで甘やか。飲むとキャラメルのような甘さでトロッとして美味しい。

裏ラベルの「品名 スカッチウイスキー」という表記が時代を感じさせる。
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by flauto_diritto | 2010-06-23 20:47 | Comments(0)

日曜の朝は

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実家にいたときは、日曜の朝はいつもバゲットとカフェオレだった。
もう30年以上も前に親父が初めてフランス旅行したとき以来ずっとそうだった。
しかしフランスパン初体験はもっと前の小学生の頃。バゲットやプチパンの硬さが衝撃的だったことを良く覚えている。

バゲットには上質のバターとアプリコットジャムが定番で、パンやジャムを調達してくるのが自分の役割だった。

久しぶりに日曜の朝にバゲット食べた。
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by flauto_diritto | 2010-06-20 13:06 | Comments(0)

同窓会

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福岡の母校・修猷館の同窓会があり、帰省しました。

同窓会に先立って、母校で進路研究授業もしてきました。
同級生約50人が40のクラスに分かれて、それぞれの専門の仕事について90分の授業。私は小学校時代からの友人でアマチュアのジャズピアニストと組んで音楽室で演奏付きの無駄話。

私が通っていた頃の校舎は建て替えられてモダンで充実したものになってました。音楽室にはピアノが二台。個人練習用のピアノ個室が3部屋。

授業では話も演奏も滑ったりコケたりしましたが、概ね好評。ちゃんと聞いてくれた生徒たちに感謝です。

授業のあとはホテルオークラで同窓会総会と懇親会。80歳以上から卒業したばかりの若者まで1500名もの同窓生が集まりました。
我々の学年は裏方で接待役。
終了後には同学年だけ(それでも150人ほど!)での打ち上げ飲み会。朝まで飲んだ連中も多いんだろうなあ。
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by flauto_diritto | 2010-05-29 09:30 | Comments(3)

ふきのとう

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近所の空き地は、生えるに任せて草ぼうぼうだったのだが、ちょっと前に全て刈り取られロープで囲われてしまった。
今までいろんなものが生えていて、なかなか楽しかったのだが。傘に出来そうなほど大きな里芋の葉だとか、次第に大きくなり色付いてくるカボチャ(誰か取って食べたのかな)だとか、夏場時間によって色を変える酔芙蓉だとか、黄色ピンク入り混じったオシロイバナだとか。
でも、冬枯れに乗じて一気に刈られ平らな地面になった。そろそろ何か建てられるのだろうか。

しかし、良く見ると、地面にへばりつくようにフキの葉とふきのとうが。
ちょっと開いているから食べるには遅いかなあ。
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by flauto_diritto | 2010-02-17 13:28 | Comments(0)